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ドゴン族の神話と宇宙

いやあ、びっくりしました。
ドゴン族とこんなところで再会するとは
ドゴン族の所在がマリだったとは…。
実はもうずいぶん昔、はじめて西アフリカについての本を見つけたのが、彼らの本だったのです。
もうどこで見つけたのかも覚えていませんが、図書館で探して借りてきて、でも西アフリカについての知識が何もなかった当時の自分にはとても手に負えなくて投げ出したのを覚えています。

Dieueau97mg.jpg
マルセル グリオール 『水の神 - ドゴン族の神話的世界』、訳坂井信三、竹沢尚一郎、せりか書房 1997
Dieu d'eau 1948
「西アフリカ、ニジェール河の大彎曲部に住むドゴン族-かれらの魂の真髄を伝える盲目の老賢者オゴテメリとの対話を詳細に記述した、ドゴン族の豊饒な宇宙を解き明かしたフランス民族学の成果。」

Renardpâle86mg.jpg

マルセル グリオール、 ジェルメーヌ ディルラン 『青い狐 - ドゴンの宇宙哲学』、訳坂井信三、せりか書房 1986
Renard pâle, ethnologie des Dogons 1965
「ドゴン族がシリウスB星の存在を知っていた」

ドゴン族は西アフリカのマリに住む人々。マリにおける彼らの総人口は 120 万人と推定。
彼らは、バンディアガラの崖からニジェールベンドの南西に広がるドゴンカントリーと呼ばれる地域を占めている。
ドゴン族は何よりも農民(主にアワ)と鍛冶屋。
彼らは宇宙観と彫刻で有名
口頭伝承によると、ドゴン族は11世紀 から13世紀の間にマリの南西部に位置するマンデ 地域を離れ2、山地に移住した。
もともと彼らはアニミストであり、イスラム教を受け入れることを拒否したためにマンデを去ったと言われている」
https://fr.wikipedia.org/wiki/Dogon_(peuple)
https://de.wikipedia.org/wiki/Dogon
https://en.wikipedia.org/wiki/Dogon_people

マルセル・グリオール(Marcel Griaule、1898年-1956
西アフリカ内陸部のサンガ(現在はマリ共和国領)に住むドゴン族の研究で知られる。サンガでフィールドワークを行った。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Marcel_Griaule

アフリカの神話 2014-06-03

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ジェンネのモスク(マリ)

ジェンネのモスク(マリ)が載っている本、まとめてみました

histoirecie mosquees2006.jpg
空から見る驚異の歴史シリーズ 
世界の大聖堂・寺院・モスク 2006
アンリ・スティルラン/[編]著 /森山隆訳 創元社
«Notre histoire lue du ciel»
Cathédrales, temples et mosquées
Henri Stierlin

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世界歴史建築大図鑑
ドーリングキンダースリー (著), 坂崎 竜 (翻訳)
原書房 – 2013
world's must-see place
Dorling Kindersley

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アンソニー・ブリアリー著、古賀浩訳 
『古代アフリカ(古代遺跡シリーズ)』 
ニュートンプレス、1997年。

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古代アフリカ―400万年前の人類と消えた王国 巨大大陸の謎を追う
(ナショナルジオグラフィック 考古学の探検)

ヴィクトリア シャーロー (著), ジェイムズ デンボー (監修), 赤尾 秀子 (翻訳)
BL出版 (2013


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週刊ユネスコ世界遺産 No.85 2002年 7/25号
マリ 伝説の都市トンブクトゥ,ジェンネの旧市街
伊藤 裕 (編集) 講談社 (2002

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ユネスコ世界遺産 11 北・西アフリカ
ユネスコ世界遺産センター 監修、 講談社 1998

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ディアゴスティーニ
世界遺産DVDコレクション31
カイロ・マラケシュ・ジェンネ

2005


千年の古都ジェンネ 2021-04-23

アフリカの世界遺産 2021-05-09

マリのいにしえの記憶 2021-04-25

トンブクトゥ ディアゴスティーニ版 2021-04-30

トンブクトゥ 2021-02-04

古代アフリカ(考古学の探検)) 2021-05-10

アフリカ歴史人物風土記

これまた、面白そうな本。
見たことのある名前だと思ったら、『レオ・アフリカヌスの生涯 』を訳した人でした。『カルタゴ』も書いていたのですね。
もと外交官で、1960-70年代に中央アフリカ、コートジボワール、モロッコなどの大使館に勤務していたそうです。
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服部 伸六 アフリカ歴史人物風土記 (現代教養文庫1515) / / 社会思想社 1993

マダガスカル
ダホメの女戦士アマゾン
モロッコ独立の志士たち
デダン・キマチマウマウ団の"将軍"
消えたパンアフリカニズム
<赤髭>地中海の水軍の王
ディヤロ・テリの殉難
パトリス・ルムンバの殉教
イブン・ハルドゥーンの生涯と学問
コンゴの女王ベアトリスの闘い
ガマル・アブデル・ナセルの大きな夢
サモリ、最後の抵抗者
イブン・バトゥータの世界旅行
ウーフェ・ボアニの静かな闘い
フランシスコ・フェリックス・ダ・スーザ
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/2381025.html

服部伸六, 1913-1998
著者は詩人・外交官で、コートジボアールや中央アフリカなどの大使館に長く勤務した。その体験から生まれたのが本書。
 20世紀後半に西欧各国の支配から独立したアフリカ諸国。その抵抗・独立運動で活躍した闘士を中心に取り上げている。ギニア共和国のディヤロ・テリ、ザイールのパトリス・ルムンバ、コートジボアールのウーフェなど。その人柄と政治を俯瞰し、大抵は悲惨な末路をたどる運命を描いている。
 現代アフリカの問題点が、政治闘争という側面から取り上げられた良書。
 バルバロッサやイブン・バットゥータなど、古い人物も何人か扱われている。
https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4390115154/ref=dbs_a_def_rwt_hsch_vwpw_taft_p1_i1

在アフリカ経験の長い著者による、アフリカ人物列伝コラムをまとめたもの。エジプトのナセル大統領、旅行家イブン・バツゥータなどがメジャー級だが、むしろコートジボワールのウフェ・ボワニやガーナのンクルマなどアフリカ独立ラッシュ期の建国の父の話が興味深い。ヨーロッパ人の侵略と戦ったコンゴやダホメー(現ベニン)の女性指導者達、そしてギニア建国の父セクー・トゥーレ大統領と対立して獄中餓死(!)させられた政治家の逸話など、なかなか知られぬ人物について知る貴重な一冊。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784390115155

ダホメのアマゾンが戦争に行くとき、王は薬草を混ぜた飲物を渡す、その製法は王のみが知り、それを飲むと気分が高ぶり敵を殺すことしか考えなくなるエピソード。イスマーイール派の暗殺教団の話を彷彿とさせるなと思った。/ガーナのンクルマの一代記、独立の英雄からクーデターで国を追われるまで/ギニアのディヤロ・テリが、牢で餓死させられる際、最後に房からものすごい音の唾を飲み下す音がしたというシーン/コンゴのルムンバが、ビール会社の宣伝部長として就職し、それがのちの政治活動でどう民衆の心をつかむかに活きたというエピソード/コートジボワールのウフエボアニは、地方回りの医者として10年間農民とじかに接触し、それがのちの政治家生活の貴重な財産に。強制労働廃止と珈琲価格平等化を実現。/チャチャとあだなされた奴隷商人
https://booklog.jp/item/1/4390115154
http://blog.livedoor.jp/chokusuna0210/archives/52481860.html

アフリカ陽気暮らし 服部伸六 著 三修社 1984

「著者は詩人・外交官。1960-70年代に中央アフリカ、コートジボワール、モロッコなどの大使館に代理大使、参事官などとして勤務した。その頃の体験をもとにアフリカの歴史や現況について何冊もの本を著している。
 本書は、外交官としての体験、アフリカで見聞きしたものについて述べたエッセイ。色濃く描かれているのは、各国の独裁者たちである。なかでも中央アフリカのボカサ大統領については、身近に過ごしたこともあり、強烈なエピソードが並べられている。
 そのほかにも、旧宗主国との関係、経済問題、日本との貿易など、現在までつづく問題が実体験として記録されている点が貴重。」
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E9%99%BD%E6%B0%97%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97-%E7%95%B0%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8B%E4%B8%80%E5%86%8A-66-%E6%9C%8D%E9%83%A8-%E4%BC%B8%E5%85%AD/dp/4384069774/ref=sr_1_10?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=1GF4PX916N726&keywords=%E6%9C%8D%E9%83%A8%E4%BC%B8%E5%85%AD&qid=1702572840&s=books&sprefix=%E6%9C%8D%E9%83%A8%E4%BC%B8%E5%85%AD%2Cstripbooks%2C153&sr=1-10

黒人売買の歴史 服部伸六 著 たいまつ社 (たいまつ新書) 1977

「人類の歴史において、人間が人間に与えた悲惨と野蛮の極地を示す秘部として他に類例を見ない黒人売買とはどのようなものであったか。本書は、15世紀から19世紀に至る欧米の白人帝国主義による黒人売買と奴隷貿易の実態を豊かな資料と見聞によってはじめて明らかにした、アフリカ人全体にわたる衝撃的な「ルーツ」。」
https://synchronized.jp/item/15994.html

カルタゴ : 消えた商人の帝国 服部伸六 著 社会思想社 1987 (現代教養文庫 ; 1194)

レオ・アフリカヌスの生涯 : 地中海世界の偉大な旅人 アミン・マアルーフ 著,服部伸六 訳 リブロポート 1989

『アフリカ大陸を行く』2

読みました~!
図書館から借りて。(いやホント、何でもありますね)
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アフリカ大陸を行く NHK特別報道班
豊原兼一, 佐野勇, 山下昭夫
著. 二見書房, 1960

「1万mにおよぶフィルムを在外公館あてに送って」
「前もって外務省から大使館を通じて話をつけて」
「現地の情報局の案内」・政府関係者、契約通信社の記者、在住の日本人、日本を訪れたことのある現地人の好意、
独立前後の高揚
駆け足とはいえ、知らないことが沢山
フランスのアルジェリアでの核実験は知りませんでした。

エチオピアの現実-食べ物に困らないので、あくせく働く必要がない(うらやましい)
英領ケニア~高原地帯、ヨーロッパ化された植民地、7年前の「マウマウ団」の暴動の余波の厳戒令、」マサイ族の部落、柔道の流行、観光政策の自然動物園、キクユ族の黒人指導者キアノ博士
英領ウガンダ~黒人王国ブガンダ、経済を握っているインド人への反感
東アフリカが日本のおおきな市場となっている~繊維品、自転車が氾濫、オートバイも進出
英領ローデシア・ニアサランド連邦~契約通信社の記者の出迎え、スムーズな取材、セシル・ローズの国、明確な人種差別、雨のヴィクトリア瀑布
英領南アフリカ連邦~合法化されている人種差別、南極へ向かう宗谷丸、日本の貨物船、マグロ漁船、日本製商品、親日的なお役人、柔道の流行
ポルトガル領モザンビク~頑固な税関吏、撮影・録音機材を封印される、港には日本の商船・貨物船も
ポルトガル領アンゴラ ~おおらかな歓迎、日本のジープを輸出している日産の代理店経由のガイドで街や草原、灌木地帯を回る

ベルギー領コンゴ~ウランの宝庫、広島・長崎に投下された原爆、膨大な鉱物資源の宝庫、
ベルギー国王ボードワン1世の会見、領事館邸での新年、独立直前の黒人街でのにぎわい

コンゴ共和国~フランス的な明朗さ、ユーモアがある、サッカーに熱狂、
カメルーン ~アフリカで最も就学率が高い、動物保護区、わざわざ裸族を探して見に行く

チャド~第二次大戦中ヨーロッパの大部分がドイツに占領されたので、アメリカから東洋に抜ける飛行機のほとんどがこの地を経由した。今はヨーロッパと南アフリカを結ぶ飛行機の重要な中継地点、
サハラ砂漠とジャングル地帯の間の草原、天候と食料と水に恵まれている

中央アフリカ~高原地帯で住みよい、観光を売り物、ウバンギ河、ジャングル、原住民の村、ピグミーの部落
ガボン~木材、鉱物資源の宝庫、失業者がいない、医療制度も発達、シュバイツアー博士の献身的な様子
ナイジェリア~オリンピック熱、アフリカ最初のテレビ局、アフリカ唯一の医学部のあるイバダン大学
ガーナ~エンクルマ首相、国家意識高揚政策、アクラ大学の立派な施設
象牙海岸共和国~フランス的黒人首相・ウーフェ・ボアニ
リベリア~アメリカ的黒人の国
ギニア~豊富な地下資源・水力資源
セネガル~好意的なラジオ局、政府

モロッコの事情も興味深い
モロッコの王様モハメッド5世は独立運動のためにマダガスカル島に流刑にされたことのある人物
フランスがアフリカ諸国の反対を押し切ってサハラ砂漠で核実験を行なう(02月14日)や、パリのモロッコ大使を引き上げ、フランス優遇条約を破棄、2回目の核実験を強行した時にはモロッコ内のフランス人所有地を没収したという。
モロッコでの原爆抗議デモも驚くほどの大群衆

(フランスは1960年2月13日、アルジェリアのサハラ砂漠で同国初の核実験を実施した。その後1996年までにサハラ砂漠と仏領ポリネシアで計210回の核実験を行った。)

燐鉱石と引き換えに日本から緑茶が輸出されている
でも日本からは1割、あとは中国というのにびっくり

フランス領アルジェリアが一番、緊迫感があった。独立運動の厳戒令の最中

「フランスは、1960年から1966年にかけて、当時フランス領だったアルジェリア中央部のサハラ砂漠において、大気圏4回・地下13回の計17回にわたり核実験を実施」
現在も続く、アルジェリアでの仏核実験の影響
https://parstoday.ir/ja/news/world-i117132

ジェルボアーズ・ブルー (フランス最初の核実験のコードネーム)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC

アルジェリア核実験被害の現実 仏公共放送記者 ラルビ・ベンシーハ氏に聞く | 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=34377

フランスの核・原爆爆発実験
https://hatake-eco-nuclear.blog.ss-blog.jp/2019-01-08

仏領ポリネシアでの核実験 - 京都大学 原子炉実験所 
www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/KKSGI/mashimo.pdf

『アフリカ大陸を行く』

アンゴラに関する資料を探していたら、こんなものを見つけました。
いやあ、すごいですね。
1959年、NHKの取材班までがアフリカに行っていたのですね。
さらに特集番組まで放送していたとは。
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アフリカ大陸を行く NHK特別報道班
豊原兼一, 佐野勇, 山下昭夫
著. 二見書房, 1960

アラブ連合 / p21
エチオピア / p37
ケニアとウガンダ / p51
ローデシア・ニアサランド連邦と南アフリカ連邦へ / p73
モザンビクとアンゴラ / p93
ベルギー領コンゴ / p103
コンゴ共和国とカメルーン / p119
チャドと中央アフリカとガボン / p145
ランバレネのシュバイツァーの博士 / p163
ナイジェリアとガーナ / p181
象牙海岸共和国とリベリアとギニア / p201
セネガル共和国とモロッコとアルジェリア / p225
アラブ民族の国モロッコ
アルジェリアの独立運動
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001002228-00
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/357327.html

海外取材番組 アフリカ大陸を行く
「放送年度:1959年度
NHK初の海外取材番組。アフリカの新しい息吹を現地取材し、ガーナのエンクルマ大統領のインタビューや、シュバイツァー博士の撮影も行った。日本人の海外渡航が年間5万人足らずだった1959年、取材班は22か国を回った。
第1集の「アラブ連合を訪ねて」は、取材班が出発してから27日目に放送。当時としては驚異的な早さだった。」
「1960年は「アフリカの年」といわれ、この年だけで17か国が独立しました。当時は未開の大陸というイメージが強く、満足な地図も整っていませんでした。取材班は22か国を回りましたが、事前に査証が取得できたのはその半分余り。行けば何とかなるだろうという行きあたりばったりのロケでした。各地の生活・文化・風俗や独立運動などを取材。撮影したフィルムはヨーロッパ経由で東京に送られました。」
1959/12/10 第1集 エジプト
1959/12/24 第2集 エチオピア
1960/1/2 第3集 ケニア,ウガンダ
1960/1/14 第4集 南アフリカ,ローデシア
1960/1/21 第5集 ポルトガル領モザンビーク,ベルギー領コンゴ,コンゴ共和国
1960/2/4 第6集 カメルーン共和国,チャド共和国,中央アフリカ共和国
1960/2/7 第7集 シュバイツァー博士を訪ねて
1960/2/18 第8集 ナイジェリア,ガーナ,象牙海岸共和国
1960/3/3 第9集 リベリア,ギニア,セネガル,モロッコ
1960/3/4 第10集 動乱後のアルジェ
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009010016_00000

ふたつの〈アフリカ大陸を行く〉
NHK海外初取材番組にみるアフリカの表象
内海 博文 櫛引 祐希子
「NHK初の海外取材TV番組「アフリカ大陸を行く」(1959~1960)、
および、同番組の特別報道班が出版した著書『アフリカ大陸を行く』(1960)
その後もNHKが海外取材番組をシリーズで制作したという事実。
「東南アジアを行く」(1960年3月~5月)、
「中南米を行く」(1960年7月~9月)、「中近東を行く」(1960年10月~12月)、「北米大陸を行く」
(1961年4月~7月)、「ソビエトを行く」(1961年8月~10月)、「東欧を行く」(1962年4月~6
月)など「○○を行く」というタイトルを受け継ぐかたちで海外取材番組が制作された

第7集のみ国名ではなくシュバイツァーの特集
「あの番組が非常に成功したのも「シュバイツァー病院を訪ねて」という一本を織り込めたから」
豊原記者『放送文化』24巻10号

映像と音声が完全に残っているのは第7集のみであり、
他の回は映像のみしか残っておらず、第4集は映像と音声のどちらも残っていない。

A「あれ(筆者注;「アフリカ大陸を行く」)は豊原さんが帰る前に、全部放送が終わってい
たんじゃないですか」
B「そうなんですよ。いまと違いまして、僕らが出発している間に受入れ班が発足して、帰っ
た日に放送は終わっていました」
『放送文化』24巻10号(1969:54-
追手門学院大学社会学部紀要 2019年3月30日,第13号,31-59
https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/402/402190303.pdf
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アシーン

Author:アシーン
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