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イラン考古学セミナー(2011年)1

久しぶりのイラン大使館でのセミナー。
この日も炎天下で、出歩くだけで疲れましたが。
会場の冷房がいつも効き過ぎて、寒すぎなのが困りますが、
あと自分にとっては朝早いので、眠気との戦いも…。
それでも、とても面白かったです~!
公邸のランチももちろん!
チキンケバブとレンズ豆のシチュー!

第11回 イラン考古学セミナー(2011年)
< これまでに日本の調査隊がイランで行った考古学調査や
その後の研究成果を紹介する目的で、セミナーを開催>
イラン・イスラム共和国大使館( 東京都港区 麻布)のご協力とご厚意により、
大使館セミナー・ルームを当日会場、
当日の昼食として
イラン料理の馳走が大使公邸にて振舞われました。>
まずは挨拶 
アッバス・アラグチ閣下
駐日イラン・イスラム共和国特命全権大使)のご挨拶。
 
他の大使館が閉鎖する中、
イラン大使館は一日も休まず業務を続け、日本に留まり続けたとのこと。
被災地でのイラン料理の焚き出しを2度行ったとのこと。
イラン赤新月社の援助のこと。
ありがとうございます。

さて1つ目。
「パルティア地方の地理:アルサケス朝初期の都の比定をめぐって」 
春田 晴郎(東海大学教授)

パルティアは240B.C.~224A.D.
他国をほとんど滅ぼしたことのない国だそうです。
セレウコス朝シリアを押しやるだけ。
または属国にする。
例外はメディア・アトロパテネ(アザルバイジャン)とか。
 
ギリシア・ローマの資料のパルティアは、過大評価されすぎていたのではないか?
ローマの「敵」として、強大な敵に扱われている。
しかし、ローマとパルティアの領土を比較すると、比べ物にならない。
ローマの情報操作?
よく滅びずにいたくらい。
サーサーン朝になると、どっこいどっこい。

イラン高原北部の交通路も、よく理解できていなかったらしい。
領土の範囲も違うよう。
実際の本拠地も、もっと奥地だったと思われる。

あー、やっぱり。
トルクメン国境付近ですね。
この辺は、ちょっと調べたことがあるので、何とか、ついて行けました。
そのうち行ってみたいところです。



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アシーン

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