2012-04-30

拍手、ありがとうございます♪

いつの間にか、また拍手が増えていまして、
嬉しい限りでございます。
本当にありがとうございます。

02/24 実家の片づけ その一<2012-02-20>
02/26 タブリーズ9<2009-02-27>

03/08 トルコ料理@あじわいキッチン1<2012-03-03>
     /練馬のトルコ料理屋さん<2012-03-02>
03/12 ペルシア料理@マシュハド<2008-10-05>
03/13 ペルシャ料理@あじわいキッチン2<2012-03-11>
03/17 実家の片づけ5<2012-03-15>

04/03 おかげ横丁の猫(画像追加)<2012-04-01>
04/13 ノウルーズ1/ジャーメジャムのハフトスィーン/
     阿佐ヶ谷のジャーメジャム8
04/16 ノウルーズ3/東郷寺の桜2012-1
04/19 東郷寺の桜2012-2/東郷寺2012-3-2
04/22 実家の片づけ7
04/29 シャルダンと東インド会社<2012-04-25>
04/30 シャルダンと東インド会社
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2012-04-29

慶應大学の洋館

はじめて入りましたが、
ちょっと素敵な洋館がずらり。

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塾監局 1926年(大正15年)竣工

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慶應義塾図書館・旧館 1912年(明治45年)
ゴシック式洋風建築

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三田演説館 1875年(明治8年)
日本最初の演説会堂として建造された演説館。

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http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

三田キャンパスギャラリー
http://www.keio.ac.jp/ja/contents/photo_gallery/mita.html

<中津藩士の福澤諭吉が藩命により
安政5年(1862)、江戸鉄砲州中津藩中屋敷内に
蘭学の家塾を開き慶應義塾の起源となる。
1871年(明治4年) - 三田へ移転(島原藩邸跡)>
wikiより

2012-04-28

さまよえるグーテンベルク聖書原本

かの有名なグーテンベルク聖書の原本を特別公開するというので、
友人に誘われて、行ってきました。
高宮利行教授の特別トークも拝聴してまいりました。

1455年頃に作られた世界初の印刷聖書
当時180ほど印刷されたと思われるが、現存するのは、48部。
慶應義塾大学が上巻1冊を所蔵、
二分冊のうちの一冊。
アジアで唯一。
他はすべてヨーロッパとアメリカ

印刷後に入手した人が、装飾師を頼んで、装飾を施したという。
なので、装飾は一つひとつ、違う。
だから手書きのような迫力がある。

最初の聖書印刷がグーテンベルクと確定したのは、18世紀になってから。
実は今もオランダの教科書では、
最初に聖書を印刷したのはこのコスターだ、と記述されているそう。

マインツの金細工師グーテンベルクについては、ほとんど知られていない。
性没年も墓もなく、メモも日記もない。
現存するのは裁判記録のみ。
借金のカタに印刷機械を取り上げられたという。
なので、完成させたのは、資金援助をして、機械を取り上げたヨハン・フスト。
グーテンベルクの工房の助手シェーファーを連れてきて、作らせたという。

最後に持っていたのは、アイルランド人、
カルフォルニアの石油王の、敬虔なカトリック教徒の奥方、
死後、カルフォルニアの神学校に寄贈。
25年間はそのまま神学校にとどめて、
25年経ったら、売ってもいい、という遺言、
かくて25年後に売却され、クリスティーのオークションに。

その時、日本の丸善が100周年の記念として、この聖書の落札を試みた。
おりしも、それは1987年10月20日の火曜日で、
その前日がバブル崩壊のブラックマンデー。
史上最大規模の世界的株価大暴落。
落札に名乗りを上げていたあまたの買い手が一斉に手を引いて
丸善は、あっさりと落札。

その九年後に丸善から慶応大学へ。
丸善の創業者は福沢湯吉の直弟子で、
欧州を旅した福沢諭吉が、これからは洋書を販売する本やが必要だと、
作ったのが、丸善だとか。
慶応大学も福沢さん縁ですし。

福沢氏が現物のグーテンベルク聖書を見た証拠が見つかったという話も。
1862年、サンクト・ペテルブルグ国立ロシア図書館を訪れた時の訪問者名簿に、署名が見つかった。
当時ここにもグーテンベルク聖書があったが、それは後に売られて、大英図書館に。

聖書の豆本も展示されていて、
聞くと、それは製本の職人などが技術を磨くために作ったものだとか。

またiPadで、黄金装飾の箇所を切り抜き、CG化したものを拡大して見られ、
これもまた素晴らしかったです。

図書館展示室 展示情報
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/archives/exhibit/

グーテンベルク聖書特別展示について(4/25-28)
<特別展示期間には大学のDMC研究センターの協力を得て、
「黄金の装飾が施されたグーテンベルグ聖書」と題するiPad展示も行います。
グーテンベルグ聖書(プロローグ)の黄金装飾の箇所を切り抜き、CG化してiPadで展示。>
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/news/news_20120330_153535

グーテンベルク聖書原本-慶応大学メディアセンター
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/archives/exhibit/

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慶應義塾図書館> 慶應アーカイブ > 貴重書 > グーテンベルク42行聖書
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/archives/rarebook/abstracts/rare000

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慶應義塾図書館デジタルギャラリー-インキュナブラコレクション036「42行聖書
http://project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/incunabula_detail.php?id=036&lang=jp

慶應HUMIプロジェクト>treasure of keio university >Gutenberg Bible
慶應義塾図書館稀覯書画像 慶應本グーテンベルク聖書と初期印刷本
http://www.humi.keio.ac.jp/treasures/incunabula/B42-web/b42/lecture/html/00_contents/contents.html
慶應本の来歴
http://www.humi.keio.ac.jp/treasures/incunabula/B42-web/b42/lecture/html/03_provenance/provenance.html

「さまよえる聖書のいきさつ」
高宮利行(慶應義塾大学文学部教授・HUMIプロジェクト主事)
http://www.yushodo.co.jp/pinus/57/Symposium/sympT-1.html

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『グーテンベルクの謎―活字メディアの誕生とその後』
高宮利行 (岩波書店)(1999)

http://booklog.kinokuniya.co.jp/kato/archives/2011/04/post_250.html
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富田修二 『さまよえるグーテンベルク聖書』
慶應義塾大学出版会、2002

2012-04-27

東中野アフガニスタン料理

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東中野 パオキャラヴァンサライ
先日ちょうど、近くに行く機会があって、
食べてみました!

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カバブ(羊肉の鉄串炭火焼き)・
コフタ(羊肉団子の鉄串炭火焼き) ・
チェルガ(香辛料に漬け込んだ鶏の鉄串炭火焼き)

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マントウ(羊肉蒸し餃子)

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カラヒィサブジ(野菜の鉄板焼き)

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蒸し鶏とシャンツァイのサラダ

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焼きトマト

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ラグマン (自家製麺クアドリ(四角の麵)を使った羊挽肉のゴマダレソーズ)

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ムハレビ(トルコ風ライスプティング)、カスタードプリン

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チャイ サブズ(HOT スパイス入り緑茶)
チャイ( スパイス入りミルクティー)

スープが品切れでした。
料理はシンプル、デザートとチャイサブズが美味しかったです。
お店の内装がちょっと素敵でした。
絨緞敷きで、ちょっと西日暮里のザクロに似た感じで、
でもちゃんとテーブルがあって、
音楽が私好みのサントゥールやラバーブの演奏をかけてくれていました。

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2012-04-26

アフガニスタン料理@アジわいキッチン

東中野のパオ・キャラバンサライ
以前、放送した時は千葉のお店でしたが、
ついに東京にも出来たという話は聞いていたのですが、
アジワイキッチンにもいついに登場しました。

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4月16日(月)カバブ&ナン …羊肉の串焼きとアフガニスタン風ナン
肉にしょうがのすりおろしをあわせ、30分程度漬けこむ。
シンプル!

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4月17日(火)バーミヤ …オクラのトマト煮
まずオクラを素揚げにして、
たまねぎを炒め、つぶしたホールトマト、揚げたオクラを入れ、塩で味付け。
ヨーグルトのソース~にんにくをつぶして、ヨーグルトに入れ、さらに塩を加えて混ぜる。
盛り付けのときは、ヨーグルトソースのにんにくを入れない

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4月18日(水)マントゥ…蒸しぎょうざ
羊ひき肉に塩、だまねぎとにんにく、クミンパウダーを加える

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4月19日(木)カラヒ ゴシュト…羊骨付き肉と野菜の煮込み鍋
羊の骨付き肉、モモ肉を入れ、
塩、水を加えふたをし、強火で蒸し煮にする。
15分後、大ぶりに切ったトマト、ししとう、荒いみじん切りにしたしょうがを加え、
再びふたをして、加熱する。
1分後、トマトをつぶすようにしながら混ぜ、煮詰める。

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4月20日(金)ボラニ ガンダナ …ニラ入り焼きパン
刻んだにら、塩、みじん切りのにんにくを軽く炒めたものを
強力粉と全粒粉、ドライイースト、塩を入れて混ぜ、
水を加えて練った生地の中に入れて焼く。

11/10/11
アフガニスタン料理 千葉 四街道「バーミヤン」

2012-04-25

シャルダンと東インド会社

ちょっと空いてしまいましたが、
羽田先生の本には、エスファハーンを調べていて、出会いました。
17世紀のサファヴィー朝ペルシアを旅して、
旅行記を残したシャルダンJean Chardin という人がいました。
シャルダンについては、『ペルシア遊記1』にちょっと登場、
それから『ペルシア遊記2008-2』の追記にも登場しています。

17世紀、パリの裕福サファヴィー朝ペルシアな宝石商の家に生まれ、
とムガール朝インドを旅して、旅行記を出版。

ここまでは以前に知って、探して読んだ本が羽田先生の本。
その詳細な記述に、思わず興奮してのめり込んで読みふけったものです。

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シャルダン『イスファハーン誌』研究
―17世紀イスラム圏都市の肖像
東京大学出版会 (1996)
<フランス人旅行家シャルダンは,ペルシアについて膨大な記録を残し,
その著作は18世紀のフランス啓蒙主義者たちにも大きな影響を与えた.
本書は原書の邦訳と注釈をもとに,
当時のサファヴィー朝の都イスファハーンについて
詳細な記録を写真等により再現する.>

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『シャルダン ペルシア紀行―17・18世紀大旅行記叢書6』
(佐々木康之共訳、岩波書店 1993年) Jean Chardin
一昨年、新たな旅行記を書く際に資料を調べていて、

その後もモスクのことを書かれたり、
サファヴィー朝ペルシアのことを書かれていたり、

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モスクが語るイスラム史―建築と政治権力 (中公新書)
中央公論社 (1994)

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成熟のイスラーム社会 (世界の歴史15)
永田 雄三 (著), 羽田 正 (著),
中央公論社 (1998)
(中公文庫)(2008)

再びシャルダンが出てきて、そういえばと、本棚を漁り、
そう言えば、新刊が出ていたなあと。
(たまたま見かけていたので、素早く入手していました。
野生のカンかも(笑))
それが、伝記と東インド会社の本でした。

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勲爵士シャルダンの生涯―十七世紀のヨーロッパとイスラーム世界
中央公論新社 (1999)
(冒険商人シャルダン (講談社学術文庫)
講談社 (2010))

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東インド会社とアジアの海 (興亡の世界史15)
講談社 (2007)

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フランス東インド会社とポンディシェリ (YAMAKAWA LECTURES)
フィリップ オドレール Philippe Haudr`ere(著), 羽田 正 (編集)
山川出版社 (2006)

他にもシャルダンの旅行記がいつの間にか出ていたり。

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ペルシア見聞記 (東洋文庫)
J. シャルダン (著), 岡田 直次 (翻訳) 平凡社 (1997)

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ペルシア王スレイマーンの戴冠 (東洋文庫)
J・シャルダン (著), 岡田 直次 (翻訳) 平凡社 (2006)

羽田先生が何故か東インド会社の本を書かれたなあと思ったら、
彼は後にイングランドへ渡り、
イギリス東インド会社の大株主になったのだそうです。
なるほど~!

で、今回、どうしても先生の講演は
お聞きしたかったのですよね。

最近、新刊を出されたと聞いて。

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新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)
羽田 正 岩波書店 (2011)

2012-04-24

大國魂神社の桜

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2012-04-23

シンポジウムの帰り道、(日仏会館だったので)
あいにくの雨だったのですが、それでも
恵比寿ガーデンプレイスの桜が綺麗でした。

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2012-04-22

「東インド会社とアジアの海賊」記念シンポジウム2

「カワーシム海賊とは誰か?―現実と想像力との混交―」
鈴木英明(日本学術振興会特別研究員)

18世紀末、インド洋西海域(アフリカ東岸~インド西岸)で活躍したカワーシム海賊
イギリスの文献のカワーシム海賊と実在のカワーシム海賊の違い。

<19世紀前半、湾岸の入り口を扼していた
ラスアルハイマ(Ras al Khaymah)を根拠地としていた
カワーシム(Qawasim)海賊等の湾岸の海賊の跳梁に、
英国等とインド等の間を行き来していた英国の商船が悩まされ、
英海軍が何度も出撃し、休戦条約(Truce)を締結し、
海賊行為の廃止と取り締まりを約束させる。>

これ以降、ペルシア湾はイギリスの間接的統治下に置かれる。
<しかし実のところ、
「ジョアスミー(カワーシム民族の英国側呼称)による海賊行為」として
イギリス側史料に記録された個々の事例は、
カワーシム民族による海賊行為として特定するには、
十分な証拠がないのがしばしばであったという。>

<①カワーシム民族の内部構造は、
多部族間の複雑で変わりやすい敵対・友好・保護/被保護関係の網から成り、
他民族との境界線があいまいであったこと、

②同民族は、イギリスにとって地政学的に重要な
ペルシア湾、特にホルムズ海峡周辺の沿岸部を
支配下に置いていたことから、イギリスにとって潜在的な敵対勢力であったこと、

③18・19世紀の転換期以降、
カワーシム民族がワッハーブ派の宗教・政治運動の勢力下に入ると、
イギリス側は「ジョアスミーの海賊行為」を
さらに宗教的狂信主義と結びつけて考えるようになり、一層敵対視するようになった>

実在のカワーシム
現在のアラブ首長国連邦の一つ。
シャルジャやラアス・アル・ハイマの首長家。
カワーシム家は60人ほど。
年に200件以上の海賊行為は不可能

イギリス資料によると、
オマーン西岸からやってくるすべてのアラブ人を指す
彼らは婚姻、同盟、保護によって、時代によって変化。
ペルシア湾は生存が過酷で、
資源をめぐる争い、小政権の割拠、
親族でも分裂、
イギリス側にとって、
不特定な海賊行為の責任を押しつける格好のターゲット
イギリスにとって地政学的に重要な
ペルシア湾、特にホルムズ海峡周辺の沿岸部を支配下に置いていた

ホルムズ海峡外側のオマーン(マスカット)のブーサイード朝との勢力争い
ブーサイード朝のイギリス接近、関係強化
アラビア半島の排他的なワッハーブ・サウド同盟の拡張
カワーシム家がワッハーブ・サウド同盟の傘下に入り、
海賊行為が宗教性を帯びていく。
手を焼くペルシア湾岸の人々とイギリスの利害が一致

イギリスの資料のみ、プラス雑誌、旅行記。
現実と想像力の混合の産物

http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200901054235514398
http://indianoceanworldcentre.com/profile_suzuki
【報告】「海賊」国際ワークショップ~ユーラシアの近代と新しい世界史叙述~東京大学東洋文化研究所 羽田正研究室
http://haneda.ioc.u-tokyo.ac.jp/eurasia/1-6.html
19世紀インド洋海賊の遺産を考える 澁谷祐
ttp://nic.main.jp/doc/geopoli86.pdf
アラブ首長国連邦について
http://blog.ohtan.net/archives/50954726.html

2012-04-21

「東インド会社とアジアの海賊」記念シンポジウム1

東洋文庫ミュージアムでは、3月7日(水)~6月24日(日)まで、
企画展「東インド会社とアジアの海賊」
http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/cat262/37.html
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というのがあり、以下のシンポジウムが開催されました。

企画展「東インド会社とアジアの海賊」記念シンポジウム
2012年4月14日(土)10:00~17:00 (予定). : 日仏会館
http://www.mfj.gr.jp/web/sympo/2012-04-14_programme-J.pdf
司会進行 牧野元紀(東洋文庫普及展示部主幹研究員)
開会挨拶 :10 時00 分~10 時05 分
平野健一郎(東洋文庫普及展示部長)
概要説明:10 時05 分~10 時15 分
牧野元紀

基調講演:10 時15 分~10 時45 分
「アジアの人々と東インド会社という海賊」
羽田正(東京大学東洋文化研究所教授)

◆セッションⅠ【西アジア・南アジア・東南アジア】
発表1:10 時45 分~11 時15 分
「カワーシム海賊とは誰か?―現実と想像力との混交―」
鈴木英明(日本学術振興会特別研究員)

発表2:11 時15 分~11 時45 分
「貿易、戦争、移民:18 世紀マレー海域と東インド会社」
太田淳(広島大学大学院文学研究科准教授)

発表3:11 時45 分~12 時15 分
「東南アジアの海域秩序と海賊」
弘末雅士(立教大学文学部教授)

◆セッションⅡ【東アジア】
発表4:13 時30 分~14 時00 分
「海賊から商人へ―倭寇とオランダ東インド会社―」
松方冬子(東京大学史料編纂所准教授)

発表5:14 時00 分~14 時30 分
「“中国海賊(チャイニーズ・パイレーツ)”イメージの形成」
豊岡康史(日本学術振興会特別研究員)

発表6:14 時30 分~15 時00 分
「清朝に“雇われた”イギリス海軍」
村上衛(京都大学人文科学研究所准教授)

発表5:15 時00 分~15 時45 分
「中国沿海の商業と海賊行為1620‐1640」
Paola Calanca(フランス極東学院研究員)
※通訳
彌永信美(フランス極東学院東京事務所代表)
Charlotte Lamotte(慶應義塾大学博士課程学生)
質疑応答:15 時45 分~16 時00 分

◆最終セッション
講評:16 時00 分~16 時15 分
濱下武志(東洋文庫研究部長)
総合討論:16 時15 分~16 時55 分
羽田正・濱下武志・弘末雅士・松方冬子・Paola Calanca

閉会挨拶:16 時55 分~17 時00 分
斯波義信(東洋文庫文庫長)

うち、体力的な限界もあり、午前中だけ聴いてまいりました。

「アジアの人々と東インド会社という海賊」
羽田正(東京大学東洋文化研究所教授)

冒頭で海賊マンガとして、尾田栄一郎「ONE PIECE(ワンピース)」の全64巻を紹介。
海賊と海軍は紙一重。
やっていたことは同じ。国家の特許状があるかないか。

東インド会社は国営企業ではない。それぞれ違う。
イギリスはロンドンの商人の会社。
オランダは個人の連合。フランスは国営。
他にデンマーク、スウエーデン、オステンド(オーストリー)などにもあった。

会社のために働く人々は現地出身者が多かった。
商売するための組織で、植民地化する時には、消えていた。

東インドの範囲~アフリカの喜望峰を越えて、アメリカまで。
(東アフリカ~中東、インド、東南アジア、中国、日本、アメリカ)
当然資本がかかるので、団体で資金を集め、
株式会社の前身といわれているが、当時としては非常に例外的だった。

かの地には、欲しいものが一杯あった。
香辛料、綿織物、茶、陶器…。
ところが交換できるものが何もない。
で、銀で払う。その銀はアメリカ大陸から産するもの。
あまりにも距離があるので、やがて、
アジアの中で交易、運送の利ざやで稼ぐようになる。

平戸のオランダ、イギリスの東インド会社の商館は、
東南アジアに食料、武器、木材、人を送るための基地だった。
それからスペイン、ポルトガル攻撃の拠点でもあった。
幕府は禁令を出し、武器と人の輸出、近海での海賊行為を禁止。
イギリスは撤退、
オランダはポルトガル人の拠点マカオを攻撃,失敗、
台湾を占拠し、台湾事件を起こす1628年。
朱印船を妨害、VOC台湾長官ヌイツ(ノイツ)と末次平蔵の戦いが起こる。

一方ペルシア(イラン)では、海上通行許可証の発行をしていた。
これを持っていれば、海賊に会わない。(何故か~海賊は東インド会社)
頻繁な暴力沙汰や威嚇があった。

<羽田先生の著書>
東インド会社とアジアの海 (興亡の世界史15)
講談社 (2007/12/18)
http://blog.goo.ne.jp/jchz/e/028bba7c47cbec95c99d9aa96b96f6f4

フランス東インド会社とポンディシェリ (YAMAKAWA LECTURES)
フィリップ オドレール Philippe Haudr`ere(著), 羽田 正 (編集)
山川出版社 (2006/05)

冒険商人シャルダン (講談社学術文庫)
講談社 (2010/11/11)
http://blog.goo.ne.jp/jchz/e/5c800435d87983088f91815fb1635b8d
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2920204

成熟のイスラーム社会 (世界の歴史15)
永田 雄三 (著), 羽田 正 (著),
中央公論社 (1998/01)
(中公文庫)(2008/05)

新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)
羽田 正 岩波書店 (2011/11/19)
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1111/sin_k621.html
http://blog.goo.ne.jp/jchz/e/379eb66e8f89b142e6f702b3b3161961

イスラーム世界の創造 (東洋叢書)
東京大学出版会 (2005/07)
http://arabic.kharuuf.net/archives/203

Asian Port Cities、1600-1800
京都大学学術出版会 (2009/04)

バンダレ・アッバースの東インド会社商館と通訳-
『港町に生きる』 (シリーズ港町の世界史3)
歴史学研究会 (編) 青木書店 (2006/02)

インド洋海域世界とイスラーム-
『アジアが結ぶ東西世界』関西大学出版部、2011

羽田 正
http://haneda.ioc.u-tokyo.ac.jp/english/achievements.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%B0%E6%AD%A3

<参考>
朱印船-16世紀末~17世紀初頭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E5%8D%B0%E8%88%B9
タイオワン事件-寛永5年(1628年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AF%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
末次 平蔵(天文15年(1546年)頃 - 寛永7年5月25日(1630年7月5日))
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E6%AC%A1%E5%B9%B3%E8%94%B5

2012-04-20

実家の片づけ 7

先週は人形を片づけに。
今週、排水管取り替え工事のため、
通路に出ている人形などの壊れ物を
すべてどかすようにとの指示が。

人形などは教会のバザーに出してもらえることになり、
送るものを箱詰め。
以前の3箱プラス6箱
(でもまだ捨てられないものも6箱。(笑))

今までありがとうね、
良い人に引き取られるんだよ!
可愛がってくれる人のところに行くんだよ!

そして今週、いよいよ
トイレの配管取り替え工事が4日間。
5階建ての古い共同住宅なので、こういうことに。
またまた立ち会わなくてはならなくて、
ついでに片づけ。

工事は朝から居て下さいとのことで、
またまた助っ人さんにお願いしたら、泊り込んでくれることに!
ううう…、す、すみません~!
ありがとうございます~!!

初日と2日目は、
まだ外に出ている人形、ぬいぐるみを分けて箱詰め。
残った全集を引き取ってくれる人が見つかり、箱詰め。

それから、3LDKのうち、ピアノのある部屋と、
ベッドのある部屋の雑物にとりかかる。
膨大な服とか,アルバムとか、楽譜とか…は後にして。
捨てられそうな紙類を。
まだ残っている、あらたに出てきた雑誌、古本、紙類…。
親の書類、手紙、写真、原稿などなど。
絵も出てくる、出てくる…。
油絵とか、日本画とか…、
でもこれは親戚が引き取ってくれることに。
まだ捨てられないものもあり…。
後から後から、沸いて出てきます。

古いカメラやワープロの自動給紙機、山のようなコード類、
ビデオプリンター、壊れたビデオデッキ、模型飛行機の部品…、
ベッドの上に山積みになっていた
古本だの書類だの手紙類を片づけて、
ベッドが使えるようになった! (笑)
ベッドの横のカオスだった一角が空いた!(笑)
本棚2つに残っていた雑物がなくなった!

でもまだ、人の背の高さもあるビデオケース棚と上の棚に一杯のビデオと、
壁半間分を占領している棚付き机の中身と、
天袋付き押し入れ1間分、
まるまる人形とぬいぐるみが残っているけど。(笑)

それから台所の冷蔵庫の瓶もの。
湯沸器、古いスタンド、中身の残ったままの炊飯器…。

3日目は北側のカオスの部屋。
ここは未使用の山のようなブランドの化粧品…。
山のような切手とか、高そうな硯とか、陶器とか、服とか…、がこれは後にして。
半日、紙のゴミ出し。隣の部屋の空間に一山分、出ました。

若干、親宛の古い手紙類も、
ごめんね、捨てさせてもうらうね。

膨大な古いカレンダーとか、薬の山とか、
古ーい絵葉書とか、山のようなテーブルナプキンとか、
膨大な紙袋とか、膨大な切り抜きとか、古新聞の山とか…、
届いて開けてないアマゾンの箱とか、
○○社創立記念の巨大な絵皿とか…。(笑)

ついに窓まで到達し、かなり部屋が広くなりました!(笑)
(窓は前回の作業で、何とか開けられるようにはなっていましたが。)
壁面が一面だけ、壁際の棚一列分になり。
その前に溢れて雑物を追い出し。
(でもまだ壁一面、箱入りの荷物で覆われていますが)(笑)

それから棚の下の方にレコードがあるので、
それを出すのに上から片づけて。
(棚が落ちて、埋まっているので)
結局、レコードボックスが一箱(オペラのポックス等が10こ)、
珍しいクラシックのシングル盤が一箱、
アニメやロックのレコードが2箱。

とういわけで、さすがにせっかく空いた居間のスペースが、
またまた箱で埋まってしまったので、
とにかく運び出さないと、次の整理ができない状態です。 

助っ人の友人が、残ったレコードとオーディオメカ類を
全部引き取ってくれることになり、一安心。
レコードケースと、クラシック音楽のビデオも引き取ってくれるかも。
わーい♪

相変わらず素晴らしいのは、
出したゴミを端からどんどん片づけてしまう、
助っ人Sさんの手際です!
一山出しても、次の一山を出す間に、もうなくなっている!
すご~い!魔法みたい~!
実に感動的なんです!
彼がいなかったら、自分達だけでは、どうしようもないです。はい。
ホントにほんとに本当に、ありがとうです~!!!!

さすがにバテたので、4日目は選別をパスさせてもらい、
助っ人Sさんに立ち会いと片づけを任せてしまいました。
(一日分の仕事は作った(笑))
何かもう、もうろうとして、やることが危なくなってきたので。
ふう。
疲れた~!





2012-04-19

実家の片づけ 6

さて、旅行で留守中に、
音楽関係の知り合いの方達が、レコードを半分片づけてくれました。
まず、以前に作業した分は、
CD6個プラス若干、図書約6個分

そして今回、
レコードケースの前に山積みになっていた本が片づいて、
やっと扉が開くようになったレコードケースの中身。

ふたを開けたら、LPがクラシック関係だけで3000枚近くあり、
そのうち、半分ほど、LP16個(80~90 x 16 = 1280 ~ 1440)、
それから CDは計7個、(80~90 x7 = 560~630:約600セット)、 
「図書」は計13個  
あわせて33個、引き取ったいただきました。
ありがとうございました。

あとは残った半分のLP17個(80~90 x 17 = 1360 ~ 1530)、
の行く先を探さねば…というところです。

2012-04-18

東郷寺2012-3

知らなかったのですが、この山門は
伊東忠太の設計なのだそうです。
たまたま先日、お寺の方にお話を伺うことができて、
確認できました。

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言われて屋根を見上げてみると…。
な~るほど♪ 亀さん発見♪
この亀さんはオリジナルだそうです。

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昭和15年(1940年)に建立。

2012-04-17

東郷寺の桜2012-2

その後、いきなり一気に咲いて、
それはそれは見事でした。

珍しいそうです。
例年は順番に咲いていって、
見頃がそれぞれずれるんだそうなのですが。

4月4日。
満開直前ですね。
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<聖将山東郷寺は、もともとは、
日露戦争の日本海海戦で有名な東郷平八郎元帥の別荘地でした。
東郷元帥の死後、元帥を慕う人々によって、
昭和14年末に、ここに寺が建てられました。
東郷寺は久遠寺を総本山とする日蓮宗のお寺で、開基は東郷元帥です。
副開基は元帥の側近であった子爵小笠原長生海軍中将です。>
http://sanpo.lolipop.jp/sanpo/2011/sakura/sakura104.html

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4月6日、ほぼ満開。

2012-04-16

東郷寺の桜2012-1

今年の東郷寺の桜です。
3月30日。
梅?と山桜が満開でした。

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この日はまだ、しだれ桜は1本だけ、
花を付け始めたばかりというところでした。

11/03/31 東郷寺の桜
11/04/03 桜2
10/03/25 桜
09/03/21 東郷寺のしだれ桜

2012-04-15

ノウルーズ3(画像差し替え)

友人SKさんが撮り集めたノウルーズのお飾り
ハフト・スィーンの写真をお借りしました~♪
素敵な写真をありがとうございました~♪

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ノウルーズ(新しい日) イラン暦の元日。春分の日

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<ノウルーズの習慣は
ゾロアスター教の新年の祝祭に由来すると言われ、
古代のサーサーン朝時代に既に大々的に祝われていた。>

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<ノウルーズの習慣はアケメネス朝の時代よりも
ずっと昔から祝われてきたとされている。>

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<イランでは国家祭日とされ、
年末の水曜日(チャハールシャンベ)には
家の前か、みんな集まる場所で
火を焚いてその上を飛び越え、
健康を祈願する
チャハールシャンベ・スーリーという儀式や>

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<スィーズダ・ベダルと呼ばれる
新年の13日目に、集落の郊外にある山野に出かけて
行われる終日の祝宴など、>

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<ノウルーズ前後の年末年始には
何千年前の習慣とみられる
春の訪れを祝う儀礼が行われる。>

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(水の中に浮かぶオレンジ(または、カボス)は、宇宙の中の地球)

<ノウルーズの当日には、
親類や友人の家を訪問して新年を祝賀する。>

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<サーサーン朝時代には
春分に祝われるノウルーズと
秋分に祝われるミフラガーンのそれぞれあったが、
ミフラガーンはミフル神を祝う祭日で、
新年はこのノウルーズかミフラガーンの日に定められていた。>

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<イラン独自の習俗としては
ハフト・スィーン(Haft Sin:7つのS()があり、
頭文字がスィーン Sin で始まる7つのものを集めて祝われる。
代表的なものとしては、リンゴ(sib、)、ニンニク(si、)、
酢(serke、)、コイン(sekke、)、ウルシの実(Somaq、)、
青草(sabze、)と甘いプディングのサマヌー(Samanu、)である。>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA

<これら7つの縁起物をソフレという食布の上に飾る。
7つの縁起物と一緒に、赤い金魚の入った水鉢、
鏡、模様を描いた卵、ろうそく台、クルアーン(コーラン)も飾られる。>
http://tehran-days.blogspot.jp/2011/03/blog-post_20.html~<テヘラン消息>

(画像を大きなものに差し替えました)

2012-04-14

ノウルーズ2

2度目のイラン。
ノウルーズ明けではありましたが、

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バンダルアッバースからシーラーズへ移動中の
ダーラーブという町のレストランで。
ハフトスィーンを見ました。

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シーラーズの宿のフロントに。

2012-04-13

ノウルーズ1

ノウルーズといえば、最初に行ったイラン旅行を思い出します。
まさにノウルーズ前の旅行でした。

詳しくは『ペルシア遊記1』でご紹介していますが、
ある意味,散々でした。
飛行機はオーバーブッキングで帰りの便が2つとも乗れなくて。
シーラーズからテヘラーンに戻る便が乗れなくて、急遽陸路でトンボ帰り。
その途中吹雪で遭難しかけて。
帰国の便も遅れて。

さらにレストランも軒並み閉まっていて、
開いてるドライブインでもろくな食事がなく。
道すがらには、金魚を売っていて。
金魚草を植えていて。

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テヘラーンからカーシャーンへ移動中の街道筋で、
何をしているのかと思ったら、
金魚を売っていました!

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シーラーズの町中で、
金魚を売っているお店。


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エスファハーンで、
ハージュ橋のたもと、
金魚草を植えているところ。

2012-04-13

ジャーメジャムのハフトスィーン

あらためて…

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高円寺のボルボルのお飾り

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阿佐ヶ谷のジャーメジャムのハフトスィーン

2012-04-12

阿佐ヶ谷のジャーメジャム8

旅行前に
ノウルーズのお飾りを見に来て下さいと、
お誘いを受けたのですが、
ちょうどノウルーズの前後は旅行中。

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(こちらは去年食べたアーブグシュト(壺シチュー?))

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旅行前に食べたケバブとシチュー

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帰ってから行くので、それまで、残しておいて下さいとお願いして、
先日行ってきました。

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2012-04-11

その頃の仔猫たち

実は今回一緒に旅行したうちの一人が、
友人の、例の仔猫のご主人で。
留守中、病院に預けようか、どうしようかと悩んでいたのですが、
結局、お友達にネコシッターさんを頼むことができ、
その人が見事なネコ使われで、
いやネコの召使の人で(笑)。
仔猫はのびのびとバカンスを堪能したようです、はい。(笑)

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美人になった~♪
お兄ちゃんと思っていたら、
お姉ちゃんでした。

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チビちゃんは女の子かと思っていたら、
男の子でした。

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庭のお姉ちゃんと見つめ合っています。

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だいぶ表情が豊かになってきました。

2012-04-10

高円寺のボルボル3

朝のうちに鳥羽を出て、近鉄特急で名古屋へ。
それから新幹線で東京へ、お昼ころには帰ってまいりました。
東京駅でお昼を食べて帰ろうと思ったら、
すっかり様変わりしていて、勝手が変わっていて、
手頃な店を見つけるのに時間がかかりそうなので、諦めて、
帰りに何故か高円寺のボルボルへ寄ってしまいました。
用があって、中央線に出る予定だったので。

連れの友人がスパゲティを食べたいと言い、
確かここでもあったよな~と。
ペルシア料理屋さんのパスタってどんなだろうという、興味もあって。

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久しぶりのボルボル。
いやあ、美味しかったです~♪
羊のケバブのミートボールの入ったミートソース!
絶妙な味で、やみつきになりそうです♪

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スープもデザートもとても美味でした♪

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ノウルーズ(イランの旧正月)
のお飾りも一部残っていて、
相変わらずディープな店内。  

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http://bolbol.jp/

2012-03-10
ペルシア料理@アジわいキッチン1

2009-01-03
ペルシア料理「ボルボル」

2012-04-09

伊勢の秘仏と九鬼水軍の城跡

今回、もう2カ所、行こうと思って行かれなかったのがここ。

金剛證寺(こんごうしょうじ)
http://www.iseshimaskyline.com/kongoushouji.htm
百済より仏教が公伝したと言われる
欽明天皇の御世の創建と伝わるそうな。(6世紀半ば)
そして<平安時代の825年(天長2年)に
空海が真言密教道場として当寺を中興したと伝えられている。>

御本尊は虚空蔵菩薩
というのでちょっと見て見たかったのですが、
でも御本尊は秘仏で、
伊勢神宮のご遷宮の翌年に、
二十年に一度のご開帳があるそう。(次回、平成26年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%89%9B%E8%AD%89%E5%AF%BA

あとは鳥羽の九鬼城跡に行きそびれました。

<九鬼嘉隆が築城した海城「鳥羽城」。
周囲を海に囲まれた全国的にも珍しい城で、
現在も名残である石垣が残っています。
このたび周囲に新たに石垣を積み、
憩いの場として「鳥羽城三の丸広場」が完成>
http://www.youtube.com/watch?v=lq4P7eCt-Sw

<水軍の城で、大手門が海側へ突出して築かれたため、
鳥羽の浮城と呼ばれていた>
鳥羽城wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E7%BE%BD%E5%9F%8E

<鳥羽城は、戦国期に織田信長、豊臣秀吉のもとで、
水軍を率いて数々の戦功をあげた九鬼嘉隆が、
水軍運用を重視して、当時国境であった妙慶川河口の南岸に
突き出た小山に鳥羽城を築き、
文禄3(1594)年に完成したとされています。

 鳥羽城は、大手水門を海岸側に向け、
周囲を海で囲まれた『海城』で、全国的にも稀有な城でした。
本丸には3層の天守閣がそびえていましたが、
明治時代のはじめに建物は解体され、
現在は本丸周辺や、市文化会館の裏に石垣の一部が残っており
当時の面影を残しています。>
県史跡 鳥羽城跡(とばじょうあと)~鳥羽城の絵図と縄張り図が載っています。
http://www.city.toba.mie.jp/shakai/hakkutsuchousa/tobajyo.html

<鳥羽城は文禄3年(1594)九鬼嘉隆(1542~1600)の築城で、
大手門(城の正門)が海に向く、いかにも水軍九鬼氏にふさわしい城>
『鳥羽城之絵図』  1鋪
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/ezutizu/detail.asp?record=539

彩色豊か「鳥羽城之絵図」-板倉氏国替の際に製作か
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/hakken/detail.asp?record=222

鳥羽城跡と城山公園~航空写真が載っています。 
http://www.kirari1000.com/www.kirari1000.com.base_data.base_data.phpQkirari_cd=03812.html

伊勢道の歴史を訪ねて 歴史倶楽部第73回例会 ~鳥羽城(九鬼城址)
http://inoues.net/club/kuki_castle.html

2012-04-08

鳥羽の真珠博物館(画像追加)

思ったより早く戻れたので、翌日行こうと言っていた真珠島へ。

ミキモト真珠島
御木本幸吉が世界で初めて真珠養殖に成功した島。
美術工芸品を展示する真珠博物館があるというので。

1階は、<真珠のできる仕組みや真珠を育む貝について、
「核入れ手術」をはじめとする真珠養殖のすべてを、
養殖場の映像や実際に使用されている道具などを用いて
専門のスタッフが解説>

それから、
<真珠の成分とは何かを科学的に分析。
収穫された真珠が原料選別、色選別など数多くの工程を経て、
真珠のネックレスに生まれ変わるまでを説明>

2階は
<養殖真珠発明以前の天然真珠を用いた
アンティークジュエリーを約60点展示。
およそ2000年前につくられた帝政ローマ時代の装身具にはじまり、
宝飾文化がもっとも華やかだった19世紀ヨーロッパの作品など>

それから、
<明治から昭和初期にかけてミキモトの創成期に製作された
ミキモトクラシックのコレクション、
真珠をふんだんに使用した美術工芸品など、
日本の伝統技法とジュエリー製作技術の粋を集めた逸品>

ここで、真珠だらけの五弦の琵琶が。

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http://www.mikimoto-pearl-museum.co.jp/

さらにここで、「真珠せんべい」なるものを見つけました。
真珠のカルシウム入り。
ここでしか売っていないとのこと。

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それから真珠入りマドレーヌ
こちらも天然真珠貝殻カルシウム入りだそうで。
http://www.blanca.co.jp/kodawari/index.html

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案の定、この日も足が棒になりました!

情けないもので、
帰ってから4日間は動けませんでした。
旅行中はつい、ハイになって、
ついついあっちもこっちも…になってしまうんですよ。
悪いクセ。
な~んだ大丈夫だったじゃん、とその時は思っても。
帰ってから、疲れがどっと出て。
電池切れ状態。

2012-04-07

伊勢の天の岩戸2

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ここまでは舗装道路。
名水100選の一つだそうで、
この時も水を汲みに3組ほど家族が来てまして、
4~5台車が泊まっていました。
ここからさらに風穴へ。
山道です。
誰もいませんでした。

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奥深い山奥で、なかなか素敵でした。

2012-04-06

伊勢の天の岩戸1

お昼は、再びおかげ横丁へ出て、
でもやはり駐車場が一杯で入れない。
平日なのにすごい人。

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猿田彦神社にお参りして、

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「海老丸」というお店で、
旬魚の三色てこねセットと漁師汁
大変美味しかったです。

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午後は天の岩戸があるというので、行ってみることに。
ところがカーナビにない!
何とか地図で探したらありましたが、
ナビは途中で役立たずに。
なかなか入口が分からず、
ずいぶん行き過ぎたところにやっとみっけ。

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脇道を入って、延々と行ったところで、駐車場に地図が。

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ここから徒歩10分というのはきいていたけど、
さらに風穴まで15分ですか…。
(ちょっと遠い目)

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2012-04-05

伊勢の安土城?3

なんとなく、このまま帰るのももったいないので、
忍者迷路へ。
でもここも入場料。

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う~ん、何か中途半端なところでした。
他の建物も、外見はけっこうちゃんと作っているようです。
それだけにもったいない感じが。
アトラクションも悪くはないと思うのですが。

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ここでも梅が綺麗でした。

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そしてここでも猫が…。

かつては日光江戸村グループに属して
「伊勢戦国時代村」として運営していて、
2008年(平成20年)10月から
萩本欽一を村長に迎え「ちょんまげワールド伊勢」
(株式会社伊勢安土桃山文化村)という独立法人として営業中とのこと。

他に、黄金の天満宮、髪結処、
大櫓門、日本庭園 松風園、
伊賀妖術屋敷、妖怪屋敷、
忍者からくり迷路、怨霊首無寺、忍者修行砦、
戦国合戦砦鉄砲体験館、戦国腕試し館、舶来遊戯堂、
四村紹介処、役者紹介処、忍者資料館、
人涙劇場、笑え亭、大忍者劇場、ニャンまげ劇場、子供体験館
などがあるようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E3%83%BB%E5%AE%89%E5%9C%9F%E6%A1%83%E5%B1%B1%E6%96%87%E5%8C%96%E6%9D%91


「伊賀妖術屋敷」「忍者からくり迷路」大忍者劇場のアクションはお薦めだそう。
修行やお化け屋敷系は、かなり恐いので、それなりの覚悟がひつようとか。
http://www.geocities.jp/psbtr259/112ise_bunkamura.html

また、<マイナーなテーマパークですが、
ここは有名テーマパークとは違いメインはお芝居です。
役者さんが会場の空気を読みながら絶妙なアドリブを入れたり
(時にはスベッタリ)しながらお芝居をします。
だからお芝居の本筋は同じでも違った舞台を見ることが出来ます。>
<伊勢志摩きらり千選>
http://www.kirari1000.com
/www.kirari1000.com.base_data.base_data.phpQkirari_cd=04496.html

<芝居小屋では、忍者のアクション劇やお涙頂戴の人情劇、
大岡越前の名裁き時代劇を上演しています。
プロなので当然ですが、
みなさん美形でアクションも演技力も大迫力。>
http://b-spot.seesaa.net/article/31185255.html


2012-04-04

伊勢の安土城?2(追記あり)

やっと到着~!

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ホントニ安土城だ!
でもさらにここで入場料を取られる。

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城の外見はよくできている感じ。
宮上茂隆安土城天守復元案を元に、
ほぼ忠実に再現した安土城だそうです。

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どきどきして中に入る。
1階では桶狭間の戦いのセットと、
何故かヨーロッパの銅版画の展示販売が。

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とにかくエレベーターで一番上へ。
いきなり信長とバテレンの会見の場のジオラマが。

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さらに階段を上がると展望台。

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もう一つ上があり、
靴を脱いで階段を上がれと。

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一応、黄金の間だそうです。
何もないけど。
足が寒いです。

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階段で1階ずつ降りていくと、色々とセットが。
本能寺の変のセットの前に安宅船が。

安宅船
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%85%E8%88%B9

織田信長が九鬼嘉隆に命じて、
毛利水軍・村上水軍に対抗するために建造させた大型の安宅船
なんてのもありましたねぇ。

鉄甲船
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%94%B2%E8%88%B9

2012-04-03

伊勢の安土城?1

次は安土城へ!
え?こんなところに何故?
実はガイドブックを見ていたら、
原寸大の安土城を再現したシロモノがあるというではありませんか!
伊勢安土桃山文化村というところに。
これは行ってみるしかないでしょう。
ということで。

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「ちょんまげワールド」という名前も付いている模様。
遠くに安土城が見えます。
どきどき…。

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えらい閑散としているんですが、大丈夫?
まあ、平日だし。

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延々と歩いて、
中程のエスカレーターを登り、

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さらに歩いて、最後はバスで。

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http://www.ise-bunkamura.co.jp/

2012-04-02

二見浦

翌日は車を借りて、
まずは二見浦の岩へ。

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いきなり、何故かこんなところに竜宮社が。
海の守護をされる龍神を信仰しているそう。
200年前の大津波の時に竜神を勧請し、
かつては五十鈴川河口にあったが、埋め立てや護岸工事のため、
この地に遷されたとのこと。

ise120321futamirock.jpg
夫婦岩 
沖合約700M先に鎮まります興玉神石、
また日の大神を拝する鳥居の役目をしいるとのこと。

浜参宮といって、
古来、伊勢神宮に参拝する者は、
その前に二見浦で禊を行うのが慣わしであったそうな。
それに代わるものとして、二見興玉神社で無垢塩祓いを受けるという。

ise120321futamiiwato.jpg

そして天の岩屋までありました。

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冷たい風が強くて、寒かったです。
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