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駿河屋 みかん羊羹

今回倒産した和歌山県の駿河屋という和菓子屋ですが、
・1461年に創業
・1658年に日持ちしない蒸し羊羹に代わる練り羊羹の製法を確立
・1685年に徳川家より駿河屋の屋号を与えられる
・代々紀州家御用御菓子司 という名家なんですが、
需要低迷から架空増資に手を染めての倒産です。
https://twitter.com/izumi_asato/status/424183190949855232

そういえば、京都で食べたみかん羊羹のお見せも確か駿河屋だったような…
そうでした!ここでした!

駿河屋
みかん羊羹おいしかったのに~!

総本家 駿河屋伝来の羊羹に和歌山産のみかんを加えることで、
ソフトに食べやすく調整 したみかん羊羹

数年前、京都伏見の御香宮神社に行った時、
茶室で食べたお茶菓子がこれで、あまりに美味しかったので、
買って帰り、お土産に友人知人にあげたら大好評でした。
もうあれ、食べられないのでしょうか?

ちなみに 1461年てどんな年?
寛正2年(1461年)の寛正の大飢饉の年だそうで。
足利 義政(あしかが よしまさ)の時代。
室町時代中期から戦国時代初期にかけての室町幕府第8代将軍(在職:1449年 - 1473年)。

え?すると日野富子の時代?(義政の正室)

え?というと、
『花の乱』(1994年、NHK大河ドラマ)の時代?
松たか子の日野富子と
野村萬斎の細川勝元が、いやにくっきり覚えています。
(2012年の大河ドラマ『平清盛』の第45回「以仁王の令旨」にて
7.3%を記録するまで、大河ドラマ歴代ワースト1位だった[1]。)

<飢饉や災害が相次ぎ、特に寛正2年(1461年)の寛正の大飢饉は
京都にも大きな被害をもたらし、
一説では賀茂川の流れが餓死者の死骸のために止まるほどであったとされる。
このような状況の中、義政は邸宅や日本庭園の造営などや猿楽、酒宴に溺れていった。
殊に寛正の飢饉の間に、それを意に介さずに花の御所(京都市上京区)を改築し、
後花園天皇の勧告さえも無視したことは悪名高い。
応仁の乱(おうにんのらん)は、室町時代の応仁元年(1467年)に発生し、
文明9年(1477年)までの約10年間にわたって継続した内乱。>とのこと(Wiki)

世阿弥(ぜあみ、世阿彌陀佛、正平18年/貞治2年(1363年)? - 嘉吉3年8月8日(1443年9月1日)?)

一休宗純
明徳5年1月1日(1394年2月1日) - 文明13年11月21日(1481年12月12日)

雪舟(せっしゅう、応永27年(1420年) - 永正3年8月8日(諸説あり)(1506年))

この人達の時代だったのですね。
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