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2017-11-06

「知られざるイスラム天文学」

ウルグベクの天文台?
再放送を録画して、やっと見ました。
ウルグベクの天文台!懐かしい!
行きましたよ!

おお!ナスィールッディーン・トゥースィー!
トゥースィーとコペルニクスを繋いだのは、ユダヤ人だった?
間にイブン・シャーティルがいて(トゥースィーの天体モデルを改良)
トルコのユダヤ人天文学者モーゼス・ガリアノがイタリアでコペルニクスと出会っていた可能性が高い?

イスタンブルのイスラム技術史博物館!行きたい!
オックスフォード大学科学史博物館!
UAE(アラブ首長国連邦)のSharjah(シャールジャ)首長国のプラネタリウムは日本製の機械?
Sharjah Centre for Astronomy & Space Sciences


太陽暦を最初に観測したのは #ウズベキスタン の天文学者 #ウルグベク。
8月24日(木)22:00-23:00 NHK-BSプレミアムにて
コズミック フロント☆NEXT「知られざるイスラム天文学」

<占星術とともに発展し コペルニクスの地動説誕生に大きく貢献した
「イスラム天文学」の知られざる栄光に迫る。
中世のイスラム世界では人々が礼拝に必要な時間と方角を知るため天文学を学んだ。
また航海や砂漠での旅に必要な情報を得るためにアストロラーベという精密な観測機器を発明した。
今から600年前、ウズベキスタンの天文台では
1年の長さを「365日5時間49分15秒」とほぼ正確に観測から割り出した。>

世界最古の星座に関する書物が、1000年前、10世紀に作られたものが残っている。
その中でアンドロメダ座の説明では、「雲」について書かれている。
これは、史上最も古いアンドロメダ星雲についての記述である。

地動説を唱えたコペルニクスは、本で惑星の運行を説明する幾何学モデルを書き残している。
しかしそっくりの図を、イスラムの天文学者トゥースィーが200年以上前に発表していた。
状況証拠だが、コペルニクスはイスラム天文学に依存していた可能性がある。
イスラム天文学が無ければ、地動説は生まれなかったかもしれない。>
http://perry-r.hatenablog.com/entry/2017/08/25/230044

ナスィールッディーン・トゥースィー
(1201 年 - 1274 年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%83%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%A3%E3%83%BC

マラーゲに天文台を建ててもらった!
1259 年に設立
<ウルグ・ベク天文台は1420 年代に建設
後に天文台の遺跡を訪れたウルグ・ベクは刺激されて、
サマルカンドに自分自身の大きな天文台を建設し、
マラーゲ天文台における天文学の研究を継続しようとした。 >
http://asait.world.coocan.jp/kuiper_belt/eclipse2/maragheh_observatory.htm
行きましたよ!ここも!

『イルハン天文表』(Zīj-i Īl-khānī)
1272年に惑星の位置を計算し、恒星の名を記した天文表

『世界の仕組みの学覚書(al-Tadhkira fī ʿIlm al-Hayʾa)』
トゥースィーの対円 (Tusi-couple) と呼ばれる惑星モデルが記されている

イブン・アル=シャーティル (Ibn al-Shatir, 1304 年 – 1375 年)
14世紀、マムルーク朝下のシリアを中心に活躍した天文学者。
ダマスクスのウマイヤド・モスクの宗教的な計時係(موقت muwaqqit)を務め、
モスクの尖塔を使った巨大な日時計を製作した。
 (ええっ?そうだったの?)
『新天文表』(Zīj al-Jadīd) と
『根本を確かにすることの最高の願いの書』(Kitāb Nihāyat al-Su'ūl fī Tashīl al-Uṣūl)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AB

16世紀のトルコのユダヤ人天文学者モーゼス・ガリアノの自伝がケンブリッジで見つかり、
そこにイブン・シャーティルの天文理論、トゥースィーの対円 (Tusi-couple) が記されていて
1500年頃ベネチアに滞在していたという。
その頃、コペルニクスはベネチア近郊のパドバ大学に留学していたというのだ。
パドバ大学は初めてユダヤ人に門戸を開いた大学だそうなのだ。

おお!イスタンブル大学図書館の16世紀の歴史書の細密画!
うおお!ものすごい装幀!
天球儀の図だ!
(アーミラリ天球儀というらしい)
イスタンブル天文台で働く天文学者たち
「皇帝の書」(シャーヒンシャーナーメ)16世紀の細密画と思われ

オックスフォードのボードリアン図書館には最古の星座の書が
これはイスラーム天文学の星座絵で最も有名な、
10世紀のアッ=スーフィーが著した『星座の書』(キターブ・スワル・アル=カワーキブ)と思われ。
イスラーム世界、どこにでも写本があるそうで、でも
『星座の書』の最良写本はオックスフォード大学のボードリアンBodlean図書館に所蔵されている、
著者の息子が写したとされる写本だそうで
http://harutaseiro.blog89.fc2.com/blog-entry-464.html?sp
デジタル化されて公開されているそうです
http://bodley30.bodley.ox.ac.uk:8180/luna/servlet/view/search?q=Shelfmark%3D%22MS.+Marsh+144%22

アブドゥル・ラフマーン・アル・スーフィー
Abū-al Husayn ‘Abd-al Rahmān b. ‘Umar al-Ṣūfī al-Rāzī、
903年12月7日 - 986年5月25日
ブワイフ朝時代に活躍したペルシア人の天文学者。
現在のイランの首都テヘランの前身であるレイ出身。
著書は『星座の書』(Kitāb Ṣuwar al-Kawākib al-Thābita)、『アストロラーベの使用法』など。
ラテン語文献ではアゾーフィ(Azophi)として表れる。
アラビア半島南部に赴き、ヨーロッパやアレクサンドリアからは観測不可能な
大マゼラン雲を観測し、それを記録に残した最初の天文学者になった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC

バチカン図書館にはトゥースィーの書
トゥースィーの対円 (Tusi-couple)が記されている書
『世界の仕組みの学覚書』(al-Tadhkira fī ʿIlm al-Hayʾa)かな?

MEGASTAR-IIA トルコに次いで中東2機目の設置ですって!
メガスターは大平貴之氏が開発したプラネタリウム投影機。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC

トルコのはコンヤ科学館&プラネタリウムだって?
Konya Science Center & Planetarium
https://www.megastar.jp/konya-science-center-planetarium/
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