2019-10-24
多摩川、氾濫3 メモ
多摩川氾濫はやはり「人災」だ、忘れられた明治・大正・昭和の教訓
窪田順生:ノンフィクションライター
ライフ・社会 情報戦の裏側
2019.10.17 5:40
台風19号で氾濫した多摩川。二子玉川周辺では「こんなことは初めて」というコメントが多く出ているが、歴史を遡れば一度どころか、何度も何度も多摩川は氾濫していることがわかる。
多摩川水害は初めてではない
繰り返してきた「氾濫」
「長く住んでいるが、こんなことは初めてだ」――。
そのように嘆く人たちが多くいらっしゃる、東京・二子玉川の河川氾濫被害を受けた地域から、多摩川沿いに5キロ弱ほど上った河川敷にポツンと、ピラミッドのようなモニュメントがある。表面には時の流れを感じさせるパネルに「多摩川決壊の碑」とあり、裏面の碑文にはこんな言葉で締められている。
「ここに、水害の恐ろしさを後世に伝えるとともに、治水の重要性を銘記するものです」
今から45年前の1974年9月、台風16号によって生じた激流が堤防を260メートルに渡って崩壊させて、民家19棟が流された。首都圏の閑静な住宅地にやっとの思いで建てたマイホームが、濁流へ無残に飲み込まれていく光景は全国のお茶の間に届けられ、日本中に水害の恐ろしさを、まざまざと思い知らせた。
それから2年、TBSがこの悲劇から着想を得たドラマ「岸辺のアルバム」を放映する。それまでの家族ドラマの概念を打ち砕くテーマ設定は大きな注目を集める一方で、現実に家を失った人たちは「人災だ」として国の河川管理に瑕疵があったと提訴した。
そして、一審で住民側の勝訴判決が出た1979年、大田区に住む69歳の男性が、地域の学校に寄贈した写真が一部で注目を集めた。それは、当時から遡ること68年前の「関東大水害」の時に撮影されたという、完全に崩壊している多摩川の堤防である。
「関東大水害」とは、1910年(明治43年)と1917年(大正6年)の2度にわたって関東を襲った水害。この時の被害も凄まじく、1910年の水害では関東地方全体では死者769人、行方不明者78人、そして家屋が全壊または流出した数は約5000戸を数える大惨事となり、東京だけでも150万人が被災したという。写真はこの時の被災地・東京を撮影したもので、男性が自宅にあるのを偶然見つけたという。
ちなみに、多摩川の水害はこれ以前も頻繁に起きている。1896年には「多摩川が氾濫して架橋流出」(読売新聞1896年7月22日)しているし、1875年には「多摩川がはんらん、53軒が床上浸水 羽田では子供が行方不明」(読売新聞1875年8月17日)という痛ましい悲劇も起きているのだ。
そのような歴史の教訓を忘れてしまったら、また同じような大水害が繰り返されてしまう。そこで、この恐ろしさを後世にちゃんと語り継いでいかなくては、というわけで、生々しい水害写真を寄贈したというわけだ。
多摩川周辺が10年~60年という短いスパンで水害が多発する地域だという事実はスコーンと忘れられ、一部の住民の間では、そんな話はハナから存在しなかったかのようになっているのだ。
それを象徴するのが今回、河川氾濫が起きてしまった「堤防のない区間」の整備に、反対していた方たちの主張である。国土交通省京浜河川事務所が昨年9月に、住民たちを相手に催した「第3回二子玉川地区水辺地域づくりワーキング」の資料内の「頂いたご意見」には、谷川排水樋管~二子橋という今回氾濫した場所についてどうすべきかということで、以下のような住民の声が寄せられている。
「手をつけない、そもそも何百年に1度起こるかどうかわからない河川氾濫を心配しすぎるのはおかしい 等」
この認識が誤りなのは、先ほども述べたとおりだ。ただ、深刻なのはこのエリアで「河川氾濫なんて心配しすぎだって」と思っていたのが、「堤防反対派」の住民だけではないということだ。
今から12年前の2007年9月、実はあとちょっとで今回のような河川氾濫が起きる恐れがあった。台風9号で多摩川の水かさが増して、戦後3番目の水位を記録したのである。
この100年ちょっとの間で、繰り返し繰り返し、自然災害に遭って、時には甚大な被害も出ているという「歴史の教訓」があっても結局、人は自分自身で実際に体験してみた範囲の「危険」しか想像することができない。
このあたりが実は、「自然災害」の本当に恐ろしいところではないか、と申し上げたいのだ。
「土地の因縁を知らない」ことが被害拡大を招いたケースは、枚挙にいとまがない。誤解を恐れずに言えば、われわれは「被災する」→「被災者が後世の人々にこの危険を忘れるなと警告する」→「時間が経って忘れる」、そしてまた「被災する」に戻るというサイクルを、エンドレスリピートしてきた民族なのだ。
災害対策に力を入れるのは結構な話だが、まずはその前に、「歴史に学ぶ」という危機管理の基本中の基本を、日本人一人ひとりが肝に銘じなくてはいけないのではないか。
https://diamond.jp/articles/amp/217702
スポンサーサイト