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『どうする家康』

印象に残っているシーンがいっぱい…
登場人物の造型・演出が本当に面白いです

第26話「ぶらり富士遊覧」 0709
勝頼
「行きたい者は何処へでもいくがよい。止めはせん」
「わしは武田信玄が全てを注いだ至高の逸材」
「たとえ、一人になろうとも五万の敵を打ち破ってみせようぞ」
穴山梅雪
「…無論、武田家と甲斐の領民を守るため拙者は…!
拙者に出来る役目を…果たして見せまする」

茶屋四郎次郎
「商いますます繁盛、この茶屋四郎次郎に用意できぬものはございません!
万事、お任せくださりませ」

於愛
「そのようなこと言うでない。
殿がどんなお気持ちで上様をもてなしておられるか そなたらにわかるのか?」

信長
「あれは変わったな。肚のうちを見せなくなった」「化けおったな」

27話 安土城の決闘 0716
父・信秀
「誰よりも強く!賢くなれ!お主の周りは全て敵ぞ!
誰もがこの、首を狙っておる!身内も家臣も誰も信じるな!信じられるのは、己、ひとり!
それがお主の道じゃ!!」
「身内も家臣も誰も信じるな。信じられるのは己一人!それがお主の道じゃ!」
「どうしても耐え難ければ、心を許すのは、1人だけにしておけ」
「一人だけ…」
「こいつになら殺されても悔いはないと思う友を、一人だけ」

信長
「戦なき世の政は乱世より遥かに困難じゃ。やらねばならぬことが多すぎる。恨め。憎んでもいい。俺を支えろ」
「ならやればいい。本当にお前が俺の代わりをやる覚悟があるなら、俺を討て。
待っててやるさ。やってみろ」

秀吉
「そろそろおらんくなってはくれんか」
「引き返す用意しとけ」

28話 本能寺の変 0723


「兄を、恨んでおいででしょう?」でも、あなた様は安泰」「兄は決して貴方様には手を出しませぬ」
「あなた様は兄のたった一人の友ですもの」

信長
「なんだおまえか」「お前に俺の代わりがやれんのか」

第29話「伊賀を越えろ!」0730

多羅尾さんは純粋に親切だった
百地のキャラがまたすごい
「わしに明智を討たせよ。わしに恩を売れ。恐らくそれがお主にとって最も利となることじゃ」
百地「その口車に乗った!」「お主にかける」

主君を裏切って得た平穏は虚しいと言っていた穴山梅雪、地味にかっこよかった

30話「新たなる覇者」0806

「私は誇り高き織田家の娘じゃ。男のように乱世を駆け巡るのが、我が夢であった。
最後にほんの少し、その真似事ができた。このいくさの総大将はこの市であると心得ておる!!」
「敗軍の将はその責を負うもの。一片の悔いもない。
…織田家は死なぬ。その血と誇りは我が娘達がしかと残していくであろう」
スッと跪く勝家がかっこいい

「徳川殿は嘘つき」「茶々はあの方を怨みます」
「母上の無念は茶々が晴らします」「茶々が天下を取ります」

「私に任せたらいけません」「それもそうじゃな」
お葉と於愛の掛け合いがいい

第32回 「小牧長久手の激闘」0820
「信長様のせいだわ。とんでもねえ軍勢に育ててまった」

第33話「裏切り者」0827

数正
「みっともない訛をわざと使い、無様な猿を演じる…人の懐に飛び込んで人心を操る。
欲しいものを手に入れるためには手立てを選ばぬ、関白までも手に入れた。あれは…化け物じゃ」
「殿。決してお忘れあるな。私はどこまでも殿と一緒でござる」

「…殿にとって私とのことは無用の出来事だったかもしれません。
されど、いずれきっと、この子が殿のお役に立つ日がくると信じて、
今日まで育てて参りました。
この世に無用なことなど、ひとつもございません」

34.話「豊臣の花嫁」0903
旭を演じた山田真歩さん、地味に素敵でした。

於愛「私には難しいことはわかりません。
なれどお方様が目指した世は殿が成さなければならぬものなのでございますか?」
「他の人がいくさなき世を作るならそれでもよいのでは?」

35話 「欲望の怪物」0917

「ありゃ何者じゃ。わしゃ何を産んだんじゃ。とんでもねえ化け物を産んでまったみたいで、おっかねえ」

36話 「於愛日記」0924
しみじみ於愛がよかったです。千代も、なかなか興味深かったです。
稲姫
「私が真田に入り込んで真田を操ればようございます」
彦殿が寝首をかかれたら、私が真田親子の寝首をかきます
「夫婦をなすも、またおなごの戦いと思いりしました 真田家、我が戦場として申し分なし」

千代
「非道なことをさんざんしてきた私の言葉に信用などありますまい…」
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『らんまん』

大変面白かったです~!
オタク要素が満載で、楽しかったです~!
無駄なセリフがない秀逸な脚本、効果的な演出

天衣無縫な「名教館」の学頭・池田蘭光(寺脇康文)(伊藤 蘭林がモデル)
博物館の野田基善( 田辺誠一)と里中芳生(いとうせいこう)
いつも眠そうな田辺さんとサボテン愛のいとうせいこうさんが素敵

自由民権運動家の早川逸馬(宮野真守)や、アメリカを知る中濱万次郎(宇崎竜童)
自由を熱く語る宮野さんは旋風のようで、
「帰ってこん方がよかった」という万次郎の苦悩を表現する宇崎竜童さんが素晴らしくて
万太郎も「本当は、鎖を引きちぎって、野山に行きたい。」と本音を漏らす
「人の一生は短い。後悔はせんように」と言われる

祖母「おまんは捨てたがじゃ ほんなら振り返りな 代わりになにをするかじゃろ
人は全てを持つことらぁできん。何かを選ぶことは何かを捨てることじゃ」

万能の守役・竹雄(志尊淳)の活躍ぶりもかっこよかった

そして東大の教授・田邊彰久(要潤)との出会いのシーンも興味深い
万太郎の英語を聞いて、植物の目録を見て、万太郎を理解するところがすごい。
「君が欲しい、君を歓迎する」「I want you
でもその後の決裂に至る過程は本当にハラハラドキドでした

「私のものになりなさい」
「何を期待してたんだか…」
田邊教授の全てが詰まった言葉。
脚本すごい。

万太郎のむちゃぶり、天然ぶり、人たらしぶりが暴走していて面白い
田辺教授の闇が深そう
と思っていたら…、
万太郎がひどい…田辺教授がかわいそうという展開になってきた
万太郎の傲慢、無神経、わがままが暴走
そりゃあ田辺教授が怒るよ
「土足で入ってきた泥棒」と言われても仕方がない
田邊教授「指導?どうして?うちの学生でもないのに?」
「私はもう持たざるものは数えない」
そして最後に
『槙野に会うことがあったら、私の蔵書は槙野に譲る。私の植物学は終わった――この先は、Mr.Makinoに…』

「逆らってはいけませんよ」と忠告する野宮さんも孤高の姿が尊いし、後に
「生命の神秘は最初からここにある。俺はただそれを見たってだけですよ」
「君が見たいと願うものを、俺も見てみたかった。それだけだったんだよ」
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう」

最初は反対していた徳永政市( 田中哲司)も、万葉集の歌で仲良くなって、味方になるし
後に助手として雇ってくれるし、何かとかばってくれるし、世話も焼いてくれるし、最高でした。

自ら石版印刷の技術を習得しようとする執念も興味深かった
元火消で、気風の良い江戸っ子「印刷所」の工場主( 奥田瑛二)
元は浮世絵版画の彫師で絵師( 河井克夫)

植物採集の仕方、新種の認定の仕方の過程も興味深かった

八犬伝オタクの寿恵子も面白い
石版印刷を買っちゃうなんて、予想の斜め上
「だったら、あんたも一緒に駆け上がってみなさいよ」というみえ叔母さん(宮澤エマ)にけてしかけられて、
商売はじめるし、練馬の土地も買っちゃうし

分家の人にも泣かされた
「無理じゃ。こんなでっかいクジラが沈んでいくゆうに、わしみたいな小船、助けに出たところで、諸共沈むき。せめてわしが、もうちっとマシな船ならよかったけんど。ただでさえ、底が抜けちゅうき」

『VIVANT』

大変面白かったです~!
モンゴルの風景もむちゃくちゃ壮大で
ゲルの内装も素敵で、民族衣装も素敵
千住明さんの音楽も素敵でした~
毎週、ワクワクしながら観てました~
展開の読めない意外性、テンポのよい演出、迫真の演技、脇役たちの際立つ個性
綿密に練られた物語の背景と人物の造型
福澤克雄さん、すごいです。

それでいながら、二重人格にならなくては生きられなかった主人公の壮絶な過去、絶望と悲哀が淡々と語られ
妻子を奪われた父親のやはり凄惨な過去、悲哀と憎しみ、ノコルの存在がベキの救いになったこと
義理の息子の複雑な感情、急に現れた兄への嫉妬、哀しい愛情と絶望もさらりと語られ
それを緩急自在に演じる堺雅人さん、 役所広司さん、林遣都さん、二宮和也さんが本当に素晴らしい

必殺お助けマン・阿部寛さんもむちゃくちゃかっこいいし
手ごわい敵と思っていたバルサーさんが、後半、すごく頼もしい味方になるし、
ドラムのようなかわいい有能キャラ、反則でしょう?

坂東彌十郎さん、かっこいいし
小日向文世さん、思わせぶりがすごい
林泰文(バトラカ)さん、吉原光夫(ピヨ)さんも素敵
河内大和(ワニズ)さんの悪役ぶりもよかった

岡幸二郎(バルカ共和国の検事総長)さん、 大場泰正(バルカ共和国の法務大臣)さんも貫祿たっぷりで
橋爪功さんがお父さんの元上司?
管制官、パイロットの声が、 田中秀幸さん、銀河万丈さん?
贅沢すぎる~!

乃木「こんな幼い子を一人置いていくなんて…あなたに出来るんですか!?」
後になってみると、切実なセリフだったことがわかる。

「スネイプ社といえばスネイプ先生。乃木はオレのハリポタ好きを知っている。…………偉大な先生!」

チンギス「私もその中の一人です、不思議な縁です…テントに支えられていたとは知りませんでしたが…今の警察は、テントの孤児院出身者が殆どです…」

ノコル「お前はなんにも分かってないんだな」の涙のシーンと抱擁シーン、
「寂しいことだよ――憎しみは喜びで消えるほど簡単なことではなかった」
ベキの「この憎悪は消えない」
ベキ「息子に命を奪われるなら本望だ」

「あなたは鵜群の一鶴、眼光紙背に徹す」
「皇天親無く惟徳を是輔く」

無駄なセリフがひとつもない。
(回収されていない伏線は色々ありそうだけど)

宗教描写も興味深かった
・天照大御神、・イスラム教・ドラムのマニ車
・神田明神に毎日行く乃木、・公安の神棚と十字切る鈴木
・4勢力の内戦地域、バルカ、・ベキの八百万の神トーク
それぞれの神がいて尊重しあうことの大切さ

でも一番、印象に残ったのは、フローライトの利益をすべての国民に、というベキの理想。
昨今のアフリカの資源収奪の歴史を見ていると、目の覚めるような一瞬でした。
ノコル、頑張れ!

ほっけのソーセージ

以前、「銚子産いわしを使ったお魚ソーセージ」を紹介しましたが、
最近、また種類が増えていて
近所のスーパーでも仕入れるようになったので、比較的入手しやすくなりました。
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九州産ぶり
宮城産金華さば
山陰産のどぐろ
北海道産ほっけ

マルハニチロ フィッシュソーセージ
https://www.maruha-nichiro.co.jp/products/prodlist?c=6

おやき

信州の親戚から、おやきが届きました~。
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一口サイズで、食べやすい
美味しかったです~

信州地粉おやき味菜(あじさい)
「一口こやき」
フレッシュベジ加工-長野市
http://freshvege.co.jp/oyaki.html

白桃ジャム

とてもフルーティで美味しかったです~
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伊豆フェルメンテ-山形県産黄金桃のジャム
https://www.izu-fmt.co.jp/products/jam/
静岡県三島市

久世福商店- 青森県産 川中島白桃ジャム
https://kuzefuku.com/
長野県上水内郡飯綱町

栗の葉餅

今月の和菓子
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栗の葉餅[栗餡・刻み栗入]
塩あん豆大福

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月見饅頭(黄身あん入り)

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おはぎ

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雪平 まつたけ
雪平 帆掛け舟
きんとん 夏草

(雪平(せっぺい)とは、求肥に卵白と白餡を加えて練った真っ白な餅のこと。)

ウィルバー スミス

原作者はこれまたアフリカ生まれの冒険小説家。
でも不思議なのは、映画の原作本The Dark of the Sun (1965)は翻訳されていないようです。
他もだいたい映画化権が買われたものが翻訳された模様ですが、実現していないものもあるようです。

ウィルバー・スミス
1933年中央アフリカ・ザンビア生まれのイギリス人。1964年『When the Lion Feeds』を出版。以来、日本でも『熱砂の三人』『飢えた海』(ともに文春文庫)、『アフリカの牙』(福武文庫)、『秘宝(上・下)』(講談社文庫)を翻訳出版、本格冒険小説作家としての確固たる地位を築く。

『密猟者』Shout at the Devil (1968)
訳:小菅正夫 :立風書房 1978年
1913 ~ 1915 年 – 第一次世界大戦
1913 年から 1915 年にかけてザンジバルとドイツ領東アフリカを舞台とし、実際の出来事 (SMSケーニヒスベルク沈没事件を参照)から非常に大まかにインスピレーションを得て執筆
『シャウト・アット・ザ・デビル』(悪魔に叫ぶ)」1976年映画化。ピーター・R・ハント監督、リー・マーヴィンとロジャー・ムーア主演。
https://en.wikipedia.org/wiki/Shout_at_the_Devil_(film)#Original_novel

『ゴールド』Gold Mine(Gold) (1970)
訳:池央耿 :立風書房 1975
地底のエルドラド (創元推理文庫 258-1) Gold Mine(Gold)
ウィルバー・スミス (著), 池 央耿 (翻訳) 東京創元社 (1988/
地底深くに眠る黄金の鉱脈、それは欲望と野心に燃える男たちをとらえてはなさない魔力を秘めているかのようだった。新鉱山所長となったロッドも策謀に巻き込まれ、破断層への掘削を部下に命じた。だがその地層こそは多量の地下水を貯えた禁断の地層だった。大自然の脅威にさらされた南アフリカの金鉱山を舞台に、男たちの闘いを活写した冒険巨編。
1975年映画化。
https://en.wikipedia.org/wiki/Gold_(1974_film)

『ダイヤモンドハンター』 The Diamond Hunters (1971)
訳:林太郎 :立風書房 1981
<南アフリカ。ヴァン・デル・ビル・ダイヤモンド・カンパニーは、創業者が息子のベネディクト、娘のトレイシー、そして疎遠になっていた養子ジョニー・ランスに遺言したものだが、それは愛ではなく憎しみの遺贈であることが判明した。>
https://www.wilbursmithbooks.com/books/the-diamond-hunters

『二人の聖域』 Eagle in the Sky (1974)
訳:名取光子 :立風書房 1979
「南アフリカの資産の相続人であると思われる若きデヴィッド・モーガンは、家族によってうんざりするほど予測可能に計画された役員室の将来に反抗している。
まるで天性の性質のように空に惹かれた彼は、優秀なジェットパイロットになるための訓練を受け、家とその象徴であるすべてから逃げ出し、自分の人生を切り拓こうとする。
夢を追って、美しい若いイスラエル人作家デブラを追って、デヴィッドはすぐにイスラエル国防軍に入隊し、国の闘争に巻き込まれることになる。」
https://www.wilbursmithbooks.com/books/eagle-in-the-sky

『虎の眼』 The Eye of the Tiger (1975)
訳:飯島宏 :文春文庫 1990
モザンビーク沖の小さな島国セント・メアリー。かつてはヤバい渡世をしていたハリーも、いまはおとなしく優雅な愛艇を操ってチャーター船業にいそしんでいる。ある日、怪しげな雰囲気の二人組が現われ、危険な岩礁の島へ案内させて海中から何かを引き揚げる。この謎の品物は何なのか?
https://www.amazon.co.jp/%E8%99%8E%E3%81%AE%E7%9C%BC-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%A3%AF%E5%B3%B6-%E5%AE%8F/dp/4167136066

『熱砂の三人』Cry Wolf (1976)
, 田中 靖 (翻訳) (文春文庫) (1994/
時代は懐しくも1935年、“ローマの狼”ことムッソリーニの軍事政権が虎視眈々と帝政エチオピアを狙っている。中古の武器でも喉から手の出るほど欲しい弱国をカモに一儲けをたくらむ流れ者二人に、美人ジャーナリストや部族の抗争もからんで、血湧き肉躍る砂漠の大冒険。愛すべきロマンチシズムただよう、本格冒険小説の醍醐味。
1935 – イタリアのエチオピア侵攻、第二次イタリア・アビシニア戦争

『灼熱戦線』The Burning Shore (1985)〈上下〉
訳:熊谷鉱司 :福武書店/ミステリ・ペイパーバックス 1995
1917年初頭、第一次大戦の本舞台となっていたドイツ軍と連合軍が対峙する北フランスの小村。伯爵令嬢サンテンは、村に駐屯している英国空軍のマイケル・コートニ大尉と恋に落ちるが、二人の結婚式当日、マイケは凄絶な空中戦の末に非業の死を遂げた。サンテンは、マイケルの故郷アフリカを目指して船に乗るが、ドイツ軍Uボートに撃沈され、サメのいる荒海に投げ出される。
1991 年に「Mountain of Diamonds」または「The Burning Shore」というタイトルで映画化
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Burning_Shore

『飢えた海』 Hungry as the Sea (1978)
訳:飯島宏 :文春文庫 1995
かつては海運業界の王者だったのにいまでは一介のサルベージ屋。座礁した豪華客船救出に傭ったのは、彼を失脚させ最愛の妻子まで奪った憎っくきライバル。復讐の野望が燃え上がる。

『無法の裁き』 Wild Justice(The Delta Decision) (1979)
訳:飯島宏 :文春文庫 1992
英国航空の旅客機がハイジャックされ、ヨハネスブルク空港に強制着陸させられた。要求は南ア政府の国策変更、のまねば人質が一人ずつ処刑される。が、これは事件の始まりにすぎなかった。急遽、英米両国の共同編成になる秘密コマンド部隊が派遣されるが、見えない黒幕“カリフ”に翻弄されるばかりだ。英国風本格冒険小説。

闇の豹 The Leopard Hunts in Darkness (1984)
山本 光伸 (翻訳) 〈上下〉 (ハヤカワ文庫NV)
ジンバブエは揺れ動いていた。白人支配を脱して独立を果たしたものの、2つの部族の権力争いが激化していた。その抗争の中に巻き込まれたメローは、密猟とクーデターの首謀者である政府高官の手によって国家反逆の汚名を着せられ、故郷に再建した牧場を没収されてしまう。そして、からくも逃亡に成功した彼とサリー=アンを狙って、暗殺部隊が差し向けられてきた…。広大な原野と暗黒の洞窟に繰りひろげられる白熱の逃亡と追跡!男たちの野望と闘い、友情と愛をサスペンス溢れる筆致で描き上げる、ベストセラー作家の冒険アクション巨篇。

<アフリカのジンバブエの内情や諸外国に虎視眈眈と狙われる様々な事象をありったけ注ぎ込みつつあまり複雑にならないで、娯楽冒険小説にした著者の手腕に脱帽すること請け合いの一大エンターテインメント小説であることは、読んだ人なら納得するでしょう。
象牙を目当てに狙われる野生動物、白人支配から脱却したものの対立する諸部族の抗争、心ならずも政争に巻き込まれる主人公たち、何とか鉱物資源の利権に絡みたい超大国の思惑等、盛りだくさんの内容に圧倒されること必至の謀略活劇小説>
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R37EEJN97CX2O3/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4150405611

アフリカの牙 Elephant Song(1991)
田村 義進 (翻訳) (福武文庫) ベネッセコーポレーション (1995
ローデシア生まれの英生物学者ダニエルは、野生象保護の実態を撮るため、故郷のチウェウェ国立公園を訪れる。しかしそこには、象牙の密売を裏で操る台湾大使、チェンの魔の手が伸びていた。公園管理主任ジョニーの一家も、チェン一味に惨殺される。無二の親友を奪い、自然を破壊する悪の組織に復讐を誓うダニエル。彼の長い長い闘いが今始まった…。

リバー・ゴッド River God (1993)
大沢 晶 (翻訳) 〈上下〉 (講談社文庫)
古代エジプト。眉目秀麗にして多芸多才な奴隷タイタが愛したのは、己が主人の娘ロストリスだった。しかし彼女の想い人は勇敢な没落貴族の青年タヌス。二人は密かに愛を育んでいたが、無垢な若者たちに運命は残酷だった。愛がエジプトの地の命運を左右する!冒険サスペンスの大家が描く壮大なロマン巨編。


秘宝 The Seventh Scroll (1995)〈上下〉
大沢 晶 (翻訳) (講談社文庫)
「巻物には魔物が蠢(うごめ)いている」考古学者が残した謎の言葉
解読不能と思われた古文書の第7巻の秘密に気づき、財宝をめざした途端、夫は殺された。残された妻は!?

エジプト考古学者アル=シッマが、パピルス解読中に何者かに殺害された。賊の目的は秘宝の在処を示す研究データ。残された妻ローヤンは自らの命を狙われながら、財宝コレクターのニコラスとともに秘境へ宝捜しの旅に出る。それは壮絶な冒険のはじまりだった――。本格冒険小説作家W・スミスのミステリ巨編!

『ネプチューンの剣』 Birds of Prey 1997
translator:上野元美(Ueno Motomi) Publisher:ヴィレッジブックス(village books) 2004/ 1
1660年代
香料と財宝を求めて、帆船がアフリカ沿岸の海を駆けめぐっていた。17歳のハルは、英国貴族である父の船“レディ・エドウィナ”号に乗り組み、厳しい指導のもと、たくましい海の男にならんとしていた。その甲斐あって、父より先祖伝来の宝剣“ネプチューンの剣”を授けられるが、その直後、仲間の裏切りでオランダ人の急襲を受ける。剣は奪われ、父は拷問死、ハルも虜囚となるが、いつか父の仇を討ち、剣を取り戻すことを誓う。
<1667 年、オランダはイングランドと戦争状態にありました。フランシス・コートニー卿と息子のハルがアフリカ沖でオランダ東インド会社の船を攻撃。彼らは裏切られ、サー・フランシスは処刑される。ハルはプレスター・ジョンの下で働くことになる。>
https://en.wikipedia.org/wiki/Birds_of_Prey_(Smith_novel)

おお! すごい!
まとめサイトが作られていた!
ウィルバー・スミス(Wilbur Smith) - 翻訳作品集成
https://ameqlist.com/sfs/smith_w.htm

ウィルバー・スミスのおすすめランキング
https://booklog.jp/author/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%82%B9

『戦争プロフェッショナル』1968

観ました~。
これもコンゴ動乱を舞台にした映画だというので。
こちらの方がもっと刹那的というか、戦争やお宝に狂う人の描写が残酷なまでに生々しいですね。
「この銃は中国製で、金を払ったのはソ連、材料は西独の製鉄所製でその資本はフランス、輸送はアフリカ航空で資本援助はアメリカ。これはただの犬死だ」
なかなか本質をついたセリフもありました。
その中で、唯一理想主義の黒人の愛国者ルーホー軍曹(ジム・ブラウン)が好きです。

ただの狂人のような敵のシンバ反乱軍が出てきますが、じつは…かれらも犠牲者なんですよね。
シンバの反乱 Simba Rebellion
「1963 年から 1965 年にかけてコンゴ民主共和国で起こった地域反乱。
国の東部に位置するこの反乱は、 1960年にジョセフ・カサ=ヴブとジョセフ=デジレ・モブツによって権力の座から追放され、その後1961年1月にカタンガ州で殺害されたパトリス・ルムンバの支持者によって主導された。」
「シンバの反乱軍は当初は成功を収め、コンゴ東部の大部分を占領し、スタンレービルで「人民共和国」の樹立を宣言した。しかし、反乱は組織性と一貫性の欠如に加え、反乱軍指導部と東側諸国の国際同盟国との間の緊張に悩まされた。 1964年後半、コンゴ政府が百戦錬磨の傭兵を率い、西側諸国の支援を受けて何度も大規模な反撃を開始したとき、反乱軍はいくつかの大敗を喫して崩壊した。 1965年11月までにシンバの反乱は事実上敗北したが、反乱軍の抵抗は1990年代に入っても反乱を続けた。 」
https://en.wikipedia.org/wiki/Simba_rebellion
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/simba-rebellion
Mercenaries68.jpg

戦争プロフェッショナル (1968)
The Mercenaries (Dark of the Sun)(傭兵たち)
監督:ジャック・カーディフ
原作者:ウィルバー・A・スミス
「1960年代、中央アフリカのコンゴ。反政府勢力に業を煮やしたユビ大統領(カルヴィン・ロックハート )は、ポート・リプリーブと云う町から住民救出と5000万ドルにも昇るダイヤの原石を運び出す為、アメリカ人傭兵のブルース・カリー大尉(ロッド・テイラー)とその右腕、ルーフォー軍曹(ジム・ブラウン)に5万ドルで依頼した。
またカリーとルーフォーは元ナチ将校のヘンライン(ピーター・カーステン)、ベルギー人の若者、シュリエ(オリヴィエ・デスパ)を含め、40名の兵士からなる救出チームを結成し、武装を施した列車にて直ちに出発する。
一方、道中では反乱軍の空襲、またフランス人女性のクレア(イヴェット・ミミュー)を救出し、激しい銃撃戦の結果、列車は何とか町に到着するのだったが・・・

本作はアフリカ出身の白人作家、日本では「虎の眼」で知られるウィルバー・A・スミスによる冒険小説、「カタンガから来た列車」を原作とし、アカデミー撮影賞を受賞した『黒水仙』(1946年)他、『赤い靴」(1948年)、『戦争と平和』(1956年)、『戦争の犬たち』のカメラマンとしても著名なジャック・カーディフが映画監督として演出を務め、脚本はアンドリアン・スパイと風間健出演の『ドラゴンを消せ!』(1973年)のクエンティン・ワーティで映画化されている。」
http://d.hatena.ne.jp/hoghug/20120821/p2

「この映画は、シンバの反乱とレッドドラゴン作戦(およびオムガン柱)の出来事とカタンガの分離の出来事が混合された、ベルギー領コンゴの植民地化解除という実際の出来事に部分的に基づいている。」
https://fr.wikipedia.org/wiki/Le_Dernier_Train_du_Katanga_(film)
「小説は1960 年のバルバの反乱を舞台としているが、映画の脚本は 1964 年から 65 年のシンバの反乱を舞台にしている。当時、コンゴ政府は左翼反乱と戦うために傭兵を募集していた。」
https://en.wikipedia.org/wiki/Dark_of_the_Sun

「撮影は「特攻大作戦」のエドワード・スケイフのもと、中米カリブ海のジャマイカ島で行われ、ジャマイカ防衛軍の兵士が多数出演している。」
http://matome.naver.jp/odai/2138616747749979201/2138621693881042203
<映画通が選んだ本当に面白い映画【24】>
http://www2.ttcn.ne.jp/tvsantora/norimono/tetudou_11.htm
<映画で見る鉄道・船舶・飛行機・自動車>
http://ameblo.jp/hippopotamus-0319/day-20121201.html
<日っ歩~美味しいもの、映画、子育て...の日々~>

ジム・ブラウン James "Jim" Nathaniel Brown 1936 - 2023
ジョージア州セントサイモンズ出身の元アメリカンフットボール選手、俳優。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3
https://en.wikipedia.org/wiki/Jim_Brown

ウィルバー・スミスの原作のアフリカ映画としてはこんなのもあるようです。

ゴールド 1975年
Gold 製作年 1974年
南アフリカの大金鉱を舞台に、国際シンジケートの陰謀と戦う男の活躍を描く。製作はマイケル・クリンガー、監督は「女王陛下の007」のピーター・ハント、ウィルバー・スミスの原作をスミス自身とスタンリー・プライスが脚色、撮影はオーサマ・ラウィ、音楽はエルマー・バーンスタイン、編集はジョン・グレン、特殊効果はビル・ウォリントンとクリフ・リチャードソンが各々担当。出演はロジャー・ムーア、スザンナ・ヨーク、レイ・ミランド、ブラッドフォード・ディルマン、ジョン・ギールグッド、トニー・バックレイ、サイモン・サベラ、マーク・スミス、ジョン・ハッセー、バーナード・ホースフォール、ノーマン・コームベスなど。
http://eiga.com/movie/44439/


ワイルド・ギース

原作本
ワイルド・ギース : 戦争屋たち 
ダニエル・カーニー
/著 村社 伸(むらこそしん)/訳 サンケイ出版 1978
Daniel Carney、The Wild Geese 1978
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「傭兵部隊に参加した男たちのロマンを描いた冒険小説。部隊であるアフリカは中近東、北朝鮮などと並んで世界的紛争の危険をはらんだ、いわば火薬庫的な存在と見られている。
アフリカは19世紀になってやっと、英米の産業資本家の旺盛な活動により世界史の舞台にその全貌をあらわした。それも収奪されるべき植民地として。やがて2つの世界大戦をへて続々と独立国が誕生。しかしその後も豊富な地下資源をめぐって強国の介入が絶えず、部族を基盤とする国家は容易に安定しない。本書の主要舞台のコンゴはその典型。
1960年にベルギーから独立したコンゴ民主共和国では部族対立から始まって61年にはルムンバ首相が処刑され、その後カタンガ州政府が分離独立をめざして立ち上がり、武力衝突がおきた。64年にはベルギー、アメリカ軍がスタンレービルに降下兵を派遣して介入したものの、報復として白人住民の大量虐殺の悲劇を招いた。
本書の登場人物たちはそこの銅山の権益を守るべく決意した英国シンジケートに雇われた、いわば資本家の手先とでもいった役割だが、彼らはそれぞれ個人としてかけがえのない人生をになっており、いっそう深い悲愴感を醸している。一種ユニークな戦争冒険小説。
作者はローデシア在住(現ジンバブエ)。アフリカでの黒人と白人の対立、政治にまで介入する国際金融資本家たち、そしてかくちの紛争で活躍する傭兵の姿を目の当たりにして、この本の執筆を思い立ったという」
(訳者あとがき・カバー見返しより)

「5つ星のうち 5.0 映画も名作なのだが 2011/1/18
By アナベル・加トー少佐
こちらはそれに勝るのである、残念なことに知名度はゼロらしい。
翻訳もいいしストーリーは素晴らしい、あの「鷲は舞い降りた」ですらこれの前では霞む。
自分としては映画の前半1時間を削ってでも忠実に映画化して欲しかった。
本作ではレイファーの死ばかりがクローズアップされるがフォークナーと特務曹長、そして彼らの兵士達の最期を知って欲しい。」
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R16SQFXG1ZCPC6/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=B000J8OD5Q

ローデシア(現ジンバブエ)の作家ダニエル・カーニー (1944–1987)
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Wild_Geese_(Carney_novel)

ダニエル・カーニーは1944年に英国外交官の息子としてベイルートで生まれた。
「 1963年、彼は南ローデシア(まもなくローデシアに改名される)に定住し、英国南アフリカ警察(BSAP)に入隊し、そこで3年半勤務した。1968 年に、ローデシア州ソールズベリーに不動産業者フォックス アンド カーニーを共同設立」
https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Carney
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ザ・ワイルド・ギース : 最強の傭兵部隊 
マイク・ホアー
/著 河合 洋一郎/訳 並木書房 1992
Congo Warriors, London: Hale (1991)
Thomas Michael "Mad Mike" Hoare

<アフリカの共産化を阻止した伝説のイギリス傭兵隊長、マイク・ホアー。彼が初めて明かす特殊作戦とは。その人格と高い見識、そして厳格な規律により、寄せ集め世帯の荒くれ者たちを統率したホアーの、自らの手による著書。>
<シンバの反乱(コンゴ動乱)で戦い、 1981年のセイシェルのクーデター未遂の実行に関与したアイルランドの軍人および傭兵>
https://en.wikipedia.org/wiki/Mad_Mike_Hoare

『ワイルド・ギース』:1978

ルムンバが殺された後のコンゴ動乱を舞台にした傭兵の映画だというので、
前から気になっていて、やっと観ました。
救出する大統領はルムンバをイメージしたと思ったけど、違ったみたい。
でもこの大統領ジュリアス・リンバニの造型はなかなか興味深かったです。
ウィンストン・ヌシュナ(ジュリアス・リンバニ )さん
ジョン・カニ(ジェシー・ブレイク軍曹)さん、
宣教師役のフランク・フィンレイ(ジョーガーガン神父)さん、深みのある造型がよかったです。
カタンガ独立騒ぎの裏で、こういう状況だったのかもしれないというリアリティが興味深かったです。
原作者はレバノン生まれで旧ローデシア(ジンバブウェ)の人だそうです。
WildGeese1978.jpg

ワイルド・ギースTHE WILD GEESE:1978
監督:アンドリュー・V・マクラグレン
出演者:リチャード・バートン/ロジャー・ムーア
収録時間:128分
原作者: ダニエル・カーニー
脚本: レジナルド・ローズ
「アフリカ某国で軍部のクーデターが発生。拉致された大統領を救出すべく、高額の報酬と引き換えに命知らずの傭兵部隊が飛び立った。元米軍将校で隊長のバートン、作戦参謀ハリス、名パイロットのムーア、ボウガンの名手クリューガーら4人を中心にした50名からなる戦争プロフェッショナルが繰り広げる一大アクション。傭兵物の先鞭を付けた作品。「十二人の怒れる男」の名脚本家レジナルド・ローズにしては通り一遍な造りが気になるが、西部劇を始め多くの集団男 性アクションを手掛けたA・V・マクラグレンが手堅く演出、肩の凝らない娯楽アクションに仕上げながら、“泣き”の要素も充分盛り込んでいる。
<allcinema>」
https://www.allcinema.net/cinema/25935

「この小説は、1968年にローデシアに謎の飛行機が着陸した後の噂と憶測に基づいている。飛行機には傭兵と瀕死のモイーズ・チョンベと思われる「アフリカの大統領」が乗っていたと言われている。
主人公のフォークナー大佐のモデルは実在の傭兵マイク・ホアー(ホアーは本作のミリタリーアドバイザーも務めている)。
悪役ヌドファ将軍は、映画の中で中央アフリカの銅が豊富な国の極度に腐敗した残忍な指導者として描写されているが、モブツ・セセ・セコ大統領を薄く変装したバージョン。
旅客機ハイジャック事件で投獄され追放された親西側指導者ジュリアス・リンバニのキャラクターもモイーズ・チョンベに基づいている。
主な撮影は 1977 年の夏と秋に南アフリカの北トランスヴァールで行われた。」
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Wild_Geese

ワイルドギース(Wild Geese)
16世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパ大陸で活動したアイルランド人傭兵のこと。(W:Flight of the Wild Geese)
上記の傭兵より名を取った傭兵部隊。コンゴ動乱など、1960年代にアフリカで活動した。
ワイルド・ギース (映画) - 上記の部隊を基にしたイギリス映画。1978年製作。(w:The Wild Geese)

Winston Ntshona 1941-2018
南アフリカの劇作家、俳優。
1975 年にトニー賞演劇主演男優賞を受賞
1980年 戦争の犬たち オコエ博士
2000年 永遠のアフリカ オールド・ポコット族長
2006年 ブラッドダイヤモンド メンデ老人
https://en.wikipedia.org/wiki/Winston_Ntshona

John Kani 1942年-
南アフリカの俳優、作家、監督、劇作家。1975年トニー賞を受賞
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)と『ブラックパンサー』(2018年)のティ・チャカ役、
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Kani

フランク・フィンレイ(Frank Finlay)1926-2016
1984年大英帝国勲章
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%83%BC
https://en.wikipedia.org/wiki/Frank_Finlay

モイーズ・チョンベ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%99
https://en.wikipedia.org/wiki/Mo%C3%AFse_Tshombe

ダニエル・カーニー
https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Carney

「使用する銃はワイルドギースがベルギーのFAL小銃、対する敵国兵士もFALを使っています。
これ程FAL小銃が登場する映画は後にも先にもこの『ワイルドギース』だけです。
敵国は民主的な族長大統領をクーデターで倒して政権転覆した背景となっており、それには西側の資本家
が絡んでいることになっています。
しかし、敵国の兵舎にはキューバの軍事顧問がいたり、敵兵士を作戦指導したり空港で指揮したりするのは東ドイツの軍人だったりして、この作品が撮影された当時(1977年)の東西冷戦時代の複雑な政治事情を表現しています。

出演したワイルドギース隊員たちは全部で46名いるのだが、テロップに俳優名が出てくるのは上記14名まで。
しかも、台詞があるのは上から9名までで、あとは作品中で名前さえ呼ばれない。
後日、テロップに名前がない人たちは、撮影当時現役の傭兵であることが判明しました。」
2009年11月24日 (火) 解説『ワイルドギース』>渓流詩人の散歩道
http://kelu-cafe.cocolog-nifty.com/blog/

『ブラックパンサー』2018

『ブラックパンサー』観ました~
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2023-08-21 忘れ去られた鉱山 2
「Secret DRC mine helped end World War II – and inspire ‘Wakanda’
DRC の秘密鉱山は第二次世界大戦の終結に貢献し、「ワカンダ」にインスピレーションを与えた

By Roger Peet ロジャー・ピート
計り知れない力を持つ鉱石を所有する秘密鉱山の物語は、1977 年に米国の漫画家スタン リーとジャック カービーにインスピレーションを与え、魔法の金属を動力源とする技術的に進歩した秘密の王国を統治し、それを悪用しようとする貪欲な外の世界に 対して熱心に防衛するアフリカの王であるブラックパンサーのキャラクターを考案しました。。」
https://mg.co.za/africa/2023-03-26-secret-drc-mine-helped-end-world-war-ii-and-inspire-wakanda/

この記事を読んで、気になって。

なるほど~!
さすがマーベル。見事にエイターテイメントに仕立て上げられていますね。
背景の美術がすごいですね。黄泉の国の情景も素敵。
王の親衛隊長オコエが好きです。
闇落ちした従兄弟ウンジャダカ・“キルモンガー”の造型が興味深かったです。

ブラックパンサー(マーベル・コミック)
「アフリカの先進国ワカンダ (Wakanda)
遠い昔、振動を吸収する性質を持つ希少な鉱物ヴィブラニウムからなる隕石がワカンダに落下した。この価値ある資源が外国人に搾取されることを懸念したティチャカ (T'Chaka) 王は、父祖のパンサーたちと同様に外部の世界との交流を断った。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC_(%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF)

ブラックパンサー (映画)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
https://marvel.disney.co.jp/movie/blackpanther

リビアで豪雨による洪水

リビア…カダフィいなくなってから、ぐちゃぐちゃだからなあ…

北アフリカ・リビアで豪雨による洪水 少なくとも2300人が死亡と当局
2023年9月13日
北アフリカのリビアで、10日からの豪雨によって大規模な洪水が発生した。特に被害の大きかった東部デルナの消防当局は12日、少なくとも2300人が死亡したと発表した。
地中海に面するデルナでは、この大雨で二つのダムが決壊したほか、四つの橋が破壊され、街の大半が浸水した。
赤十字社は、被災地域で約1万人が行方不明だとしている。死者数は今後も増えるとみられている。
海に流された遺体もあり、救助隊が収容に当たっている。
エジプトなどから支援が到着し始めているものの、リビアは対立する二つの政府によって国が分裂状態にあり、救助活動は難航している。
アメリカやドイツ、イラン、イタリア、カタール、トルコなどが、支援を送ったか、送る準備ができたと発表した。
10日夜に撮影された映像では、氾濫した川の水が強い勢いで街中を通り抜け、車などを押し流している。
海に流された人々がいる一方、屋根の上で耐えて生き延びた人々もいる。

産油国のリビアは、長年の最高指導者だったムアンマル・カダフィ大佐が2011年に失脚・殺害されて以降、政情の混乱が続いている。現在は、国際的に承認されている暫定政府が首都トリポリと西部を支配し、東部は別勢力が支配している。
https://www.bbc.com/japanese/66784105
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リビア洪水で東部都市25%消失、死者5000人超か 1万人行方不明
Ayman Werfali、Ahmed Elumami
2023年9月13日
https://jp.reuters.com/economy/2DIPH65NRVIWNGGBME7HPS45EA-2023-09-12/
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リビア東部で大洪水 24時間で一年間の降水量を超える記録的な大雨に 09/13
アフリカ北部に位置するリビアでは、10日(日)から11日(月)にかけて東部が大雨に見舞われました。
地中海から進んできた発達した低気圧による影響で、大規模な洪水が発生して甚大な被害が出ています。
24時間で400mm超 年間降水量を上回る未曽有の豪雨
世界気象機関(WMO)によると、地中海を進んできた「Storm Daniel」と呼ばれる発達した低気圧が、10日にリビア東部の沿岸部を東へと通過していきました。
リビアの気象当局によると、東部の都市では数時間で200mm前後の雨が降り、北東部の都市アル・バイダ(Al-Bayda)では24時間雨量が史上最高の414.1mmを観測。もともと普段からの雨量が少ない地域であるため、この雨量は年間降水量の2倍近くにもなる、極めて記録的な雨量です。
この記録的な大雨の影響で老朽化した2つのダムが決壊して、沿岸部の都市デルナを多量の水が襲い、多数の死者・行方不明者が出ています。
今回、リビアに大きな被害をもたらした「Storm Daniel」は、9月はじめに地中海を挟んだ向こう側、ギリシャで発生しました。9月5日(火)~6日(水)にかけてギリシャやブルガリア、トルコなどで記録的な大雨を降らせた後、地中海を南下してリビア北部の沿岸部に達しました。
地中海の嵐「メディケーン」
この「Storm Daniel」は、地中海を南へ進む過程で急速に発達しました。地中海東部の海水温はこの夏、過去最も高くなっていて、それにより雨のもととなる多量の水蒸気が再び供給されました。
それにより、「Storm Daniel」は「メディケーン (MEDIterranean hurriCANE;地中海のハリケーン)」の性質を帯びたと考えられます。これは台風のような熱帯低気圧の性質と、上空に寒気を伴う温帯低気圧の性質を兼ね備えたハイブリッド型のような低気圧のことです。9月から1月に発生しやすく、一年に数個程度発生すると言われています。
今回は地中海での暖かい空気と上空の冷たい空気の温度差も、発達の一因となりました。9月に入り、ヨーロッパでは上空の偏西風が大きく蛇行していて、フランスやイギリスでは暖かな空気が居座り、9月としては異例な暑さとなりました。その一方で、その東側にあたるイタリアやギリシャ、地中海東部にかけては、上空の寒気が流れ込んでいました。
https://weathernews.jp/s/topics/202309/130125/

リビア 洪水で5,200人死亡 人災なのか?
0914
リビアはアフリカ大陸の北にあり、日本の4倍以上もある広大な国土の90%以上が砂漠です。ただ、国の北側は地中海に面していて、沿岸部は地中海性の気候です。このため、700万近い人口の大部分は、沿岸部に暮らしています。
町の真ん中をアラビア語で「ワディ」と呼ばれる、川の流れでできた谷があります。普段は水が流れておらず乾いていますが、ハリケーンが400ミリを超える豪雨をもたらし、この「ワディ」に大量の水が流れ込み、激流となって町を襲いました。
事態を悪化させたのが、上流のダムの決壊です。こちらは、町を地中海側から見た写真ですが、「ワディ」の上流には2つのダムがありますが、いずれも決壊し、いっそう多くの量の水が流れ込んだのです。この結果、町の4分の1が押し流されたと言われています。
https://www.nhk.jp/p/catchsekai/ts/KQ2GPZPJWM/blog/bl/pK4Agvr4d1/bp/pO1xE6PyWN/

リビアの洪水死者「2万人も」 国家分裂、支援妨げも
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR1452Y0U3A910C2000000/

リビア:東部での大洪水、「1国2政府」の弊害
中東調査会>中東かわら版 0913
https://www.meij.or.jp/kawara/2023_081.html

リビアで洪水発生、原油市場に影響も
ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース 0914
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/09/3cf5d44bb3843a37.html

モロッコで地震!

ああ…モロッコ、土壁の家ばかりだものなあ…

モロッコ地震、食料や水などの確保に苦戦 各国が相次ぎ支援へ
[ムーレイ・ブラヒム(モロッコ) 10日 ロイター] - マグニチュード(M)6.8の地震発生から3日目を迎えた10日のモロッコの被災地域では、食料や水、避難場所をなかなか確保できない状況に置かれている。
震源地を含めて被害が大きかった場所の多くが山間部に位置し、たどり着くのに苦労するため救助活動も難航。国営テレビによると、これまでに死者は2122人、負傷者は2421人に達した。行方不明者の捜索は続いており、既に1960年以降に同国で起きた地震として最大となった死者数はさらに増える公算が大きいとみられる。
中部の都市マラケシュから南に40キロ離れたムーレイ・ブラヒム村では、被災した男性(36)が「われわれは何もかも、家も全て失った」と語り、まだ政府からほとんど支援が受けられないので水や食料、電力が不足していると訴えた。
https://jp.reuters.com/article/morocco-quake-survivors-idJPKBN30G0HN

モロッコ地震、外国支援の受け入れ求める声高まる 死者約2700人に
2023年9月12日
今回の地震は、マラケシュの南の高アトラス山脈を震源とし、規模はマグニチュード(M)6.8だった。山中の村々や人里離れた集落が破壊された。
そのうちの一つ、テフハフト村では、住民約200人の半数近くが死亡。今も多くの行方がわかっていない。
道路は岩やがれきで通れなくなっており、重機で除去が進められている。上空ではヘリコプターが往復し、援助物資を届けている。
https://www.bbc.com/japanese/66782684
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地震で300人近く死亡か マグニチュード6.8―モロッコ
09月09日
米地質調査所(USGS)によるとマグニチュード(M)6.8、震源の深さは18キロ。
USGSなどによると、震源地は人気観光地のマラケシュから南西約72キロ地点で、アトラス山脈周辺。最も被害が大きいとみられる地域は山間部のため、捜索は容易でなく、今後死傷者数が増える可能性がある。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023090900294&g=int
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モロッコでM7.0の地震 局地的に強い揺れ襲ったか
09/09
日本時間の9月9日(土)7時11分頃、海外で規模の大きな地震がありました。震源地はアフリカのモロッコ(気象庁の地域区分では地中海)で、震源の深さは約30km、地震の規模(マグニチュード)は7.0と推定されます。
震央の近くでは局地的に、日本での震度5強〜震度6弱に相当するほどの強い揺れが襲ったと解析されていて、揺れによる被害の発生が懸念されます。
震源は陸地直下の浅いところと推定されていて、地震の規模の割に強い揺れが狭い地域を襲ったと考えられます。揺れによる被害の発生が懸念されます。
気象庁の発震機構解では、地震のメカニズムは南北方向に圧力軸を持つ型で、横ずれ成分を持った逆断層型の地震とみられます。
https://weathernews.jp/s/topics/202309/090065/

モロッコ山間部で大地震、被災地域は特定地域に集中
0912
1900年以降、マグニチュード6を超える地震はモロッコではあまり起きておらず、地元メディアは、今回の地震は過去最大級と報じている。近年では、1960年に大西洋岸アガディール(マグニチュード5.8~5.9)、2004年に地中海沿岸アル・ホセイマ(同6.3)で起きた地震が甚大な被害をもたらした。南西部アガディールから、北部のアル・ホセイマにかけて、アフリカプレートとユーラシアプレートのぶつかり合いで隆起した山岳地帯(アンティ・アトラス山脈、今回の震源地オート・アトラス山脈、モワイヤン・アトラス山脈)があり、専門家は、今後も同エリアを震源とする地震が発生する可能性はあるとしている。」
ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/09/456b279b80978aaf.html

2023-02-17 トルコ・シリア地震

スタンレー 4 『秘境を探検した人々』

もう一冊。
2023-08-28 スタンレー 2
で紹介した

Ⅳ スタンレー(アフリカ内陸探検2)>中央アジアとアフリカ内陸探検
(『秘境を探検した人々』岩村忍著 さ・え・ら伝記ライブラリー4  から紹介)
http://ktymtskz.my.coocan.jp/S/kouro/land4.htm

これは知りませんでした。
岩村忍先生の著書はけっこう持っているんですけど。

『秘境を探検した人々』岩村忍著 さ・え・ら伝記ライブラリー4 1965
すごい!
国立国会図書館でデジタルコレクション、閲覧可能なんですね!
https://dl.ndl.go.jp/pid/1655103/1/122

でも現物を確認したくて、図書館で借りてきました。
やはりこちらも名訳です。
内容はリヴィングストン発見だけでなく、「暗黒大陸」、その後のベルギー王からの依頼の調査、
最後のエミン・パシャ救援遠征、ルウェンゾリ山発見もさらっと触れていますね。
そういう意味では、すべての著書に触れていますし、
第三次アシャンティ戦争遠征以外のすべての探検が記されていますね。
流石です。

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ヘディン/7
スタイン/71
リビングストン/133
(1) アフリカ大陸/134
(2) 宣教師をこころざす/137
(3) 第一回アフリカ探検/141
(4) 第二回アフリカ探検/178
(5) 最後の探検/186

スタンレー/199
(1) リビングストンをたずねて/200
スタンレー記者アフリカにわたる
困難な旅
あばれるミランボ
リビングストンのうわさを聞く
リビングストンついに発見
リビングストンと共にした旅
リビングストンとの別れ
(2) ビクトリア湖とタンガニカ湖の探検/224
リビングストンのあとをついで
ビクトリア湖探検
タンガニカ湖までの旅
なつかしいウジジ
ルアラバ川を下る
最後の難関
(3) コンゴ流域の開発/252
ベルギー領コンゴの誕生
「月の山」と「二つの湖」
晩年のスタンレー
世界探検家略伝/259
さくいん/270

スタンレー 3

2023-08-28 スタンレー 2
で紹介した『青空文庫』で公開されている「豊島与志雄 アフリカのスタンレー」

豊島与志雄集「日本児童文学大系 16」ほるぷ出版
   1977(昭和52)年11月20日初刷発行
底本「世界探検物語」新潮社    1941(昭和16)年10月
https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/45067_50161.html
https://ci.nii.ac.jp/ncid/BN04108977

Stanley77tysm.jpg

買ってしまいました~!
名訳「豊島与志雄 アフリカのスタンレー」青空文庫
ネットで無料公開されていたけど、紙も出ていたので
やっぱり紙で欲しくて。
こちらも、リヴィングストン発見記ですね。

豊島与志雄さん、すごいですよね。

豊島 与志雄(とよしま よしお)
1890年〈明治23年〉11月27日 - 1955年〈昭和30年〉6月18日)
日本の小説家・翻訳家・仏文学者・児童文学者。法政大学名誉教授。
数多くの児童文学作品を書いた。
翻訳には、『レ・ミゼラブル』や『ジャン・クリストフ』などがある。名訳者として名を残した。
『レ・ミゼラブル』の翻訳がベストセラーになり、この訳は、何度か改訂を経て岩波文庫で読み継がれている名訳
『レ・ミゼラブル』全4巻(ユーゴー、新潮社) 1918 - 1919、のち岩波文庫
『ジャン・クリストフ』(ロマン・ロオラン、新潮社)1921、、のち岩波文庫
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B3%B6%E4%B8%8E%E5%BF%97%E9%9B%84

あとこちらにも
アフリカ探検物語 那須 国男 現代教養文庫 社会思想社 1986
「スタンリーの探険と征服」
2021-02-05 トンブクトゥ拾遺

アンヌ・ユゴン
『アフリカ大陸探検史』
「知の再発見」双書29 創元社 1993
監修: 堀信行(地理学者)
Hugon, Anne
L'Afrique des explorateurs vers les sources du Nil
「大森林のなかで」
コンゴ川の探索として、キャメロン、スタンレー。
ガボンのオゴヴェ川の調査をしたド・プラザ。
西アフリカを調査したメアリー・キングスリーを取り上げている。
2023-09-10 『アフリカ探検物語』
2018-06-02 アフリカ大陸探検史

秘境アラビア探検史

では上巻は?
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秘境アラビア探検史 上 法政大学出版局1994
The unveiling of Arabia,Kiernan, Reginald Hugh

「半島を覆う漆黒のヴェールを剥いだ探検家たちの物語。
上巻は,イブン・バットゥータ,アルブケルク,ニーブール,アリー・ベイ,ブルクハルトらの旅を跡づける。」
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-02157-2.html

[目次]
古代世界のアラビア
中世のアラビア人旅行家
ルネサンス期の冒険家
大アフォンソ・ダ・アルブケルク
アラビアを旅した最初のイギリス人
聖都を訪れた最初のイギリス人
デンマーク人の探検旅行
ワッハーブ教徒と一スペイン人
メッカとメディナのヴェールを剥ぐ
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/2421221.html

というわけで改めて一緒に

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秘境アラビア探検史 〈下巻
キールナン,R.H./岩永 博【訳】 りぶらりあ選書 法政大学出版局1994
「本巻では『アラビアン・ナイツ』の翻訳で知られるリチャード・バートンのメッカ、メディナ旅行を皮切りに、
ウェルステッド、マイルス大佐、ウレーデ、ベントの旅、サドリアー大尉、ワリン、ペリー大佐、ダウティ、ブラント夫妻の旅、
さらには20世紀の探検家たちの旅をあとづけ、トマスやフィルビーの空白地帯(南部大砂漠)横断の旅におよぶ、
アラビアの古代史発掘からローレンスとアラブの反乱の調査まで、探検の物語を通して描くアラビアの数奇なる歴史。」
BOOK」データベース
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-02158-9.html

目次]
第11章 一イギリス人が巡礼を行なった
第12章 オマーンとハドラマウトの探険家
第13章 最初のアラビア横断旅行
第14章 小説よりも奇怪な人
第15章 ダウティとブラント夫妻
第16章 二十世紀の探険家たち
第17章 空白地帯(南部大砂漠)横断の旅
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/2442618.html

リチャード・バートン

リチャード・フランシス・バートンについて
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藤野幸雄
 『探検家リチャード・バートン』
 新潮社〈新潮選書〉、1985年

「19世紀の英国人探検家リチャード・バートンは、中東、アフリカ、インド、南米など世界各地に足跡を残しただけでなく、36か国語を操り、「アラビアン・ナイト」なども翻訳した。彼の残した膨大な著作は、さまざまな民族の風習、生活ぶりを詳細に伝え、当時の探検家の中では群を抜いている。近年になってその文化人類学的評価は高まっている。
 ただし、彼の型破りの言動は、たくさんの敵をつくった。アラブの一夫多妻制への理解や、好色文学への傾倒など、キリスト教道徳が席巻していたイギリスでは、とうてい受け入れられるものではなかった。
 バートン自身、西欧社会の偽善的な装いへの反発を、著述の中でしばしばあからさまにしている。
 彼の死後、バートンの伝記を著したのが、ゴチゴチのキリス教徒の妻だった。彼が死ぬと急きょ、洗礼を受けさせ、カトリック信者にまつりあげた。
 彼女は長大なバートン伝を完成させると、彼が残した膨大な「いかがわしい」原稿や日記を焼き捨てた。
 その数年後、バートンの妹の娘が新たに伝記を出版、妻版伝記とは対極にあるバートン像を描き出した。
 今でも、バートンの人物像は、妻版と姪版の間で揺れ動いているのだそうだ。
 この本は学者の手によるだけに正確を期したのだろう。両伝記からの引用などが多く、ドラマのような英雄伝に比べると、はじめは読みやすいとは言い難かったが、読み進めるに従って、バートンという稀代の探検家の魅力が伝わってくる。 」
『屯田兵の末裔が行く』 2013年2月25日
https://paraunawa.wordpress.com/2013/02/25/%E8%97%A4%E9%87%8E%E5%B9%B8%E9%9B%84%E8%91%97%E3%80%8C%E6%8E%A2%E6%A4%9C%E5%AE%B6%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%80%8D/

「千夜一夜物語の訳者としてのバートンだけでなく、今は忘れ去られた、ナイル河の源流探索者、
当時異教徒に対して、厳格な鎖国主義をとっていたメッカから生還した数少ない白人等の経験を持つ冒険者、探検家としてのバートンや未開地だった南米、アフリカ諸国の領事としてのバートンが描かれる。」
http://tanizoko2.hp.infoseek.co.jp/burton.html

「『アラビアン・ナイト』の翻訳者リチャード・バートンは19世紀最大の探検家であったが、イギリスはついにこの男を受入れるすべを知らなかった。彼は36の言語を操り、足跡は全世界にわたり、多くの民族と風習を百冊に及ぶ著書に記している。ヴィクトリア朝のモラルを体現していた妻イサベルは、夫の死後「いかがわしい」すべての遺稿と日記を灰にしたが、この人物の魅力はその後の伝記を通じて不死鳥のように蘇ってくる。」
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784106003110

藤野幸雄 1931 - 2014
日本の図書館学者。

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トマス・ジョゼフ・アサド
『アラブに憑かれた男たち バートン、ブラント、ダウティ』
 田隅恒生訳 法政大学出版局、2001年
Thomas Joseph Assad,Three Victorian travellers : Burton, Blunt, Doughty
「大英帝国の全盛期、エクセントリックな個性をもってアラビアと関わった3人の男、バートン、ブラント、ダウティ。その意識と思考と生涯を縦横に分析する。「アラビアのロレンス」に先立つ3つの心性の研究。」

「著者はアラブ系アメリカ人の大学教授で、英文学を専門とする。本書は"Three Victorian Traveller"(1964年)の翻訳です。表題にあるとおり3人のヴィクトリア朝時代のイギリス人の評伝、人物論でした。
これらの人々はアラビア探検の先駆者であり、イギリスにおけるアラブ研究を大いに進め、「アラビアのロレンス」こと、T・E・ロレンスの出現を可能にしました。
しかし、大英帝国に対する態度やアラブ世界への理解は三者三様で、どれも間違っているとは言いにくいところが面白い。
著者の意図も、そうしたアラブがイギリス人に与えた感性への衝撃を、また「オリエンタリズム」の一筋縄でいかない多様性を描くことにありました。

リチャード・フランシス・バートンは、「千夜一夜物語」の翻訳者・解説者として知られます。大場正史の翻訳で角川文庫21冊のなかで見られるバートンの注釈は、マニアックかつ好色なために発表された当時から不評だったのです。
残る2人、ウィルフリド・スコーエン・ブラント、チャールズ・モンタギュー・ダウティは、バートンと同じくアラビア学の古典ともいえる旅行記や研究を発表しているのですが邦訳はなく、その生涯も日本ではあまりに知られていません。
その人生も見解もロマンチックというか、劇的というか。原注もふくめて読まれる価値があります。巻末に索引と年譜あり。」
アマゾンカスタマーレビュー 醒文庵さん
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/RUU7ZHO9XRSST/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4588238043

いやいや、邦訳ありますよね。
ダウディは『アラビア・デセルタ』(砂漠のアラビア)の著者。
Travels in Arabia Deserta (1888)
『アラビア砂漠』-世界ノンフィクション全集 第45巻 筑摩書房1968 に収録 ) 
2012-09-21 ウィルフリドとレディ・アン
2012-09-25 『アラビア砂漠』

W・S・ブラント 
『ハルツームのゴードン 同時代人の証言』栗田禎子訳、シリーズ冒険の世界史:リブロポート、1983年
2012-09-20 ハルツームのゴードン

チューリップ狂時代  ウィルフリッド・ブラント
『チューリップ・ブック―イスラームからオランダへ、人々を魅了した花の文化史 』八坂書房 (2002/02)
2012-07-11 チューリップ
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秘境アラビア探検史 〈下巻〉
キールナン,R.H
./岩永 博【訳】 りぶらりあ選書 法政大学出版局1994
Kiernan, Reginald Hugh, The unveiling of Arabia
「本巻では『アラビアン・ナイツ』の翻訳で知られるリチャード・バートンのメッカ、メディナ旅行を皮切りに、ウェルステッド、マイルス大佐、ウレーデ、ベントの旅、サドリアー大尉、ワリン、ペリー大佐、ダウティ、ブラント夫妻の旅、さらには20世紀の探検家たちの旅をあとづけ、トマスやフィルビーの空白地帯(南部大砂漠)横断の旅におよぶ、アラビアの古代史発掘からローレンスとアラブの反乱の調査まで、探検の物語を通して描くアラビアの数奇なる歴史。」
BOOK」データベース
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-02158-9.html

『アフリカ探検物語』

資料編です~アフリカ探検本としては~
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那須国男
『アフリカ探検物語』
(現代教養文庫)1986
ポルトガルのエンリケ王子、ヴァスコ・ダ・ガマ、
ムンゴ・パーク、ニジェール川流域の究明、トンブクトゥの探求
東アフリカ探検、
「白ナイルの水源地究明に挑戦した人々」、「リヴィングストンの魅せられた活動」、
「スタンリーの探険と征服」
フロベニウス、アンリロートまで、盛り沢山

「「本格的アフリカ探検の祖でピンチには地元女性に助けられまくり(=もてもて)な英国人」とか
「イスラム教徒に変装し、幻の街トゥンブクトゥから生還した無学なフランス青年」
「中国での布教が夢だったのに、アヘン戦争でアフリカに回されちゃって、そのまま大探険家になり、しかも家族連れで探検してる男(=リヴィングストン)」ら、個性的でパワフル&ロマンティックな男たちの列伝となります。時系列に沿って記載されてるので、わかりやすい上に面白い~。
バートンはスピークとともに「第Ⅶ章白ナイルの水源究明に挑戦した人々」に登場。つーても「愛と野望~」を見てもわかるようにバートンは病気でほとんど寝てるので主人公はスピーク。彼のナイル水源探しにおける大きな業績が良くわかるのでお奨め 」
http://tanizoko2.hp.infoseek.co.jp/burton.html

那須 国男 1917-
「太平洋戦争時中ヴェトナムの日本大使館に勤務。
戦後、『個性』『人間』編集次長。1949年「還らざる旅路」で芥川賞候補。
フランス語の翻訳などしたのち、アフリカ評論家となる。 」
『アフリカの誘惑』(ダイヤモンド社) 1977.9.
『アフリカ探険物語』(社会思想社、現代教養文庫) 1986.4.
『アフリカを知るための10章』(第三書館) 1994.7.
『アフリカ全史』(第三文明社) 1995.2.
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%A3%E9%A0%88%E5%9B%BD%E7%94%B7
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R・A・スケルトン
『図説探検地図の歴史 大航海時代から極地探検まで』
原書房 1991(1986)
→図説 探検地図の歴史 (ちくま学芸文庫) – 2019
Skelton, Raleigh Ashlin
Explorer's maps:chapters in the cartographic record of geographical discovery

第1部 東洋への道(マルコ・ポーロと地図製作者たち/ インド諸国へのポルトガル人の航路)/
第2部 西方への道(カタイか、新世界か?/16世紀の新世界)
第3部 北方への道(北東航路/ 北西航路)
第4部 香料諸島とカタイ(香料諸島をめぐるヨーロッパ諸国の争い/ 17世紀と18世紀の"極東")
第5部 南海(南海のスペイン/ オランダの南の大陸探求/ ジェイムズ・クックと太平洋地図の作図の作製)
第6部 大陸と極地(北米の海から海まで/ アフリカの河川/ 19世紀の極地方)

「世界はいかに“発見”され、認識されていったのか。マルコ・ポーロの『東方見聞録』から、コロンブスら探検家たちによる大航海時代、ジェームズ・クックによる太平洋の島々の発見、19世紀の極点制覇まで。
大英博物館地図室長をつとめた地理学史家が、貴重な歴史的地図約220点に沿って探検史・地図史を詳述した、世界全史と言うべきものが本書である。
幻の土地を求めて未知の海を進み、冒険を重ねた人類の知―それが徐々に全地球を覆っていく地理的発見の歴史を、多彩なエピソードと共に余すところなく描きだす。」
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480099600/

レイリー・アシュリン・スケルトン(Raleigh Ashlin Skelton、1906 - 1970)
「イギリスの地図学史研究者で、特にヴィンランド・マップ (Vinland map) の真正性を証明しようと努めたことによって知られている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3
https://en.wikipedia.org/wiki/Raleigh_Ashlin_Skelton

ちくま学芸文庫で出直したんだ!

探検史の本はこちらにも
2018-06-02 アフリカ大陸探検史
AnneHugon1993Afriqueexplorateurs.jpg
アンヌ・ユゴン
『アフリカ大陸探検史』
「知の再発見」双書29 創元社 1993
監修: 堀信行(地理学者)
Hugon, Anne
L'Afrique des explorateurs vers les sources du Nil

とにかく当時の図版がカラーで満載というのが素晴らしい
目次-未知の世界/ナイルの水源を求めて/リヴィングストンの伝道の旅/大森林のなかで/探検家という職業
さらに料編として堀信行先生の「アフリカ探検地図を読む-探検家の見た夢と現実」がページ数としても2/3を占めていて、
大変貴重なのです。

アンヌ・ユゴン(1965 - )
「アフリカ探検史を専門とするフランスの歴史家。博士号
パリ大学 1 パンテオン・ソルボンヌ大学で講師。Institut des mondes africains (アフリカモンス研究所)のメンバー
彼女は特に19 世紀と20 世紀のガーナの歴史の研究に専念
『L'Afrique des Explorers I: Vers lessource du Nile』
探検家のアフリカ [I]: ナイル川の源流を目指して

バートン、スピーク、グラント、ベイカー、スタンリー、リヴィングストンだけでなく、ブラザ、マーチャンド、メアリー・キングズレーなどの探検家の世界を考察しています。— 装備、同行した人々、旅行のロジスティクス、目的地を選択した理由について説明します。タイトルが示すように、この本の主な焦点はナイル川とコンゴ川の探検にあります。
L'Afrique des explorateurs [II] : Vers Tombouctou, Paris, Gallimard, coll. « Découvertes Gallimard » (no 216)
第 2 巻「探検家のアフリカ II :トンブクトゥに向けて」は 1994 年にリリースされました。
その中で著者はトンブクトゥと、ムンゴなど西アフリカの強力な王朝を発見した旅行者に焦点を当てています。

2003 年にLe mystère dessources du Nil (「ナイル川源の謎」)というタイトルのドキュメンタリー映画化されました。
1994年に公開された本書の続編『Vers Tombouctou : L'Afrique des explorateurs II』も、同名のドキュメンタリー映画化されている。」
https://fr.wikipedia.org/wiki/Anne_Hugon
https://en.wikipedia.org/wiki/Anne_Hugon#External_links
https://en.wikipedia.org/wiki/Institut_des_mondes_africains

“L'AVENTURE HUMAINE : Le mystère dessource du Nil” (PDF) . pro.arte.tv
http://download.pro.arte.tv/archives/fichiers/01783613.pdf

"Vers Tombouctou, l'Afrique des explorateurs". africultures.com
https://africultures.com/films/?no=4800

え? 2冊目も出ているの? 欲しい!
え? 映像もあるの? 観たい!

堀信行 1943年 -
「地理学者、理学博士。研究ではフィールドワークを積極的に行いアフリカなどを探検する。
世界的なサンゴ礁学者として知られるほか、アフリカの熱帯地域の環境変遷、人間と自然の関係論や風土論・景観論などを探求」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E4%BF%A1%E8%A1%8C

他にも
図説 航海と探検の世界史
マリアノ・クエスタ=ドミンゴ
(著), 増田 義郎 (翻訳), 竹内 和世 (翻訳)
原書房 (1995

世界探検家列伝―海・河川・砂漠・極地、そして宇宙へ―
ロビン・ハンベリ=テニソン編著
(著), 植松靖夫 (翻訳)
悠書館 2011
リチャード・バートン:発見に取り憑かれた男
ジョン・ハニング・スピーク:ナイル川の水源発見
デイヴィッド・リヴィングストン:アフリカ沿岸を行く
ヘンリ・モートン・スタンリー: 大英帝国の下僕

ビジュアル版 世界の探検大百科
英国王立地理学協会 (編集
), RGS= (編集), 荒俣 宏
東洋書林 2011

ナイル川の源流を求めて 4

資料編です~
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アラン・ムアヘッド
『白ナイル ナイル水源の秘密』
(篠田一士/訳、筑摩書房)1963年、筑摩叢書、1970年
The White Nile by Alan Moorehead ,1960
「ナイル水源の秘密とは。地理学上最大の謎にいどむバートン、リビングストン、スタンレイら19世紀英米探検家たちの人間的冒険と悠久なるナイル河の叙事詩。」
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480011619/

「本書は、古代エジプト文明の時代からナイル川の水源が見つかる19世紀の動きをたどっているが、クライマックスは、バートンとスピークの争い。」
アマゾンカスタマーレビュー 大寺萌音さん
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R3NVIE7DY457QB/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4480011617

「古代エジプト文明の時代からナイル川の水源が見つかる19世紀の動きを辿っており、クライマックスはイギリスの探検家、リチャード・バートンとジョン・H・スピークの争い。イギリスがフランスとともにアフリカを分割し、支配し、地域の混迷や無秩序、破壊を生んでいく前の、大きな好奇心と類稀な行動力が中央アフリカを流れるナイル川を遡上し、未知の世界の空白地帯に色を染めていく姿を克明に記した記録です。バートンとスピークの他、ベイカー夫妻、リビングストン、スタンレー、ゴードンといった多くの探検家、悪く言ってしまえばクセ者たちが、西欧が一方的に「暗黒大陸」と呼んでいたアフリカ大陸に、西欧がいう意味での一方的な「光」を当てていきます。」
アフリカ旅行の道祖神
https://article.dososhin.com/blue-nile-and-white-nile/
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アラン・ムアヘッド『青ナイル』
篠田一士訳、〈ノンフィクション・ライブラリー〉筑摩書房、1963年、筑摩叢書、1976年
[The Blue Nile] (By: Alan Moorehead) 1962

「スコットランド人のジェームズ・ブルース(まさに「怪人」と呼ぶにふさわしい人物です)による18世紀末の青ナイルの水源探索に始まり、ナポレオンのエジプト侵入、トルコによるスーダン征服、イギリスのエチオピア侵攻など、水源発見によって探険家たちの時代が終わりを告げ、政治と戦争、欲望によってアフリカが翻弄されていく様を、生々しく描いています。」
アフリカ旅行の道祖神
https://article.dososhin.com/blue-nile-and-white-nile/
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アラン・ムアヘッド 1910 - 1983
オーストラリアのジャーナリスト、ノンフィクション作家。
「第一次・第二次対戦及び、19世紀における探検を主なテーマとして執筆した、オーストラリア出身の世界的ノンフィクション作家。
1910年オーストラリアのメルボルンに生まれ。デイリー・エクスプレス紙の海外特派員としてスペイン内戦や第二次世界大戦を取材。戦後は執筆活動に専念し、『恐るべき空白―死のオーストラリア縦断』で英国王立文学協会賞受賞。
オーストラリアの探検を描いた、この「恐るべき空白」もこのジャンルでは名著の部類に入ると思います」
アフリカ旅行の道祖神
https://article.dososhin.com/blue-nile-and-white-nile/
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野町和嘉「写文集 ナイル」 (講談社文庫) – 1997
「世界初、6700キロのナイル全流域を、1冊にまとめた驚異の写真集。エジプト、エチオピア、スーダン、ウガンダ――4ヵ国を貫流する大河・ナイルのすさまじい自然と、そこに暮らす人々の姿を、映像と文章で再現! 1980年10月から、延べにして13ヶ月を要してたどった、ナイル流域踏査の記録。<『バハル』改題作品>」
1983年に集英社『バハル−アフリカが流れる』の改題・文庫化。
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『ナイル』情報センター出版局 1989
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『ナイル河紀行 とんぼの本』新潮社 1996

こちらはルウェンゾリ山地のスタンレー山より流れ出るムブク川の源を訪ねています

ナイル川の源流を求めて 3

早大探検部の記述の意味がやっと分かりました。
2か所、示していたんですね。
もともと2つの支流があって、それぞれの水源を特定したということなんですね。
地図ばかり探していて、見落とししていました。

カゲラ川 Kagera
「ナイル川の上流源流の一部を形成し、最も遠い源から水を運ぶ東アフリカの川。 :
 ルワンダのルウェル湖にある水源から全長 597 km
川の一部はブルンジに始まり、ルウェル湖から流れ出ます。
湖からルワンダ-ブルンジおよびルワンダ-タンザニア国境に沿って東に流れ、ルブブ川との合流点に達します。
したがって、カゲラ川の水は、ルウェル湖に水を注ぐルワンダのニャバロンゴ川ブルンジのルブブ川という 2 つの主要な支流によって供給されています。
これら 2 つの支流のうちどちらが長く、したがってナイル川の最終的な源となっているのかは不明です。
カゲラ川は合流点からルワンダとタンザニアの国境に沿って北に流れ、ルスモ滝を越え、アカゲラ国立公園を通過します。
その後東に向きを変え、タンザニアとウガンダの国境をたどり、ウガンダのビクトリア湖に注ぎます。
1898 年、リヒャルト ・ カントはヨーロッパ人として初めてカゲラの源に到達しました。」

カゲラ川支流
• 左 ニャバロンゴ川
• 右 ルブブ川
Ruvuvu River
https://es.wikipedia.org/wiki/R%C3%ADo_Kagera
https://en.wikipedia.org/wiki/Kagera_River

リヒャルト・カント(Richard Kandt 1867年- 1918年)
「1897 年 7 月に彼はバガモヨを出発し、1898 年 7 月にルワンダのニュングウェ森林でナイル川源の 1 つルカララ・ニャバロンゴ川を発見した。」
https://de.wikipedia.org/wiki/Richard_Kandt

キキジ山 Mount Kikizi
「ブルンジで最も高い山の 1 つ。頂上は標高 2,145 m 。
キキジ山から湧き出る泉、ルヴィイロンザは、ブルクハルト・ヴァルデッカーによって白ナイルの源であると特定されました。」
https://en.wikipedia.org/wiki/Mount_Kikizi

ブルクハルト・ヴァルデッカー Burkhart Waldecker 1902-1964
「1937 年にブルンジで白ナイル川の最南端の源を発見した。」
https://de.wikipedia.org/wiki/Burkhart_Waldecker
https://en.wikipedia.org/wiki/Burkhart_Waldecker

ナイル川の源流を求めて 2

こんな記事が出てきましたが、ルカララの沢がわからない。
しかもブタレはブルンジではなくルワンダにある?

(22)ナイル川の本当の源に到達した早大探検部

「 早大探検部は、1969年ナイル川の源流を目指してアフリカ奥地に入っています。最初の一滴を確認しようという計画です。ナイルの源流は、まず1862年にスピークがビクトリア湖から流れる川を源流としました。しかしビクトリア湖に流れ込む川にこそ源流がある、とカゲラ川に分け入ったのが、カントです。
  現在ブルンジ南部のある川の源流に、「ナイルの源」と記され小さなピラミッドが建てられているそうです。ところがこの場所は、ナイル流域の最南部地点という意味で、一般にいう最長部の源流と違います。
カントは、ブタレ近郊のルカララの沢を真の源流としました。そこで、早稲田の探検部員の小川渉と伊藤幸司は、ここに向かいます。そして、ルカララの沢奥の湿原に達しました。
  これで終われば、単なる訪問記だったのでしょうが、ここで彼らは現地には他にも沢があることから、測量を始めたのです。
すると湿原へ行く沢の右に別の沢があって、いくつもに枝分かれしていることに気付く。そしてその中の一つがかなり長いことを確認しました。カントの発見した場所より数百メートル長い!! そう、こちらが本当の源流だったのです。
  彼らの発見した大木の陰から湧いている水こそ、ナイルの源でした。6700キロメートル先に地中海に注いでいるのです。」
http://shinrin-journalist.la.coocan.jp/sub1-22.html
Rwanda_wiki.jpg

戻って、ヴィクトリア湖のWIKI を見ても、源流はブルンジから流れるルヴィロンザ川が合流するカゲラ川だとある。
が、ルヴィロンザ川のどの辺なのかがよく分からない

kagera_wiki.jpg
カゲラ川(Wikiより)
https://ha.wikipedia.org/wiki/Kogin_Kagera
https://es.wikipedia.org/wiki/R%C3%ADo_Kagera
https://en.wikipedia.org/wiki/Kagera_River

Ruvyironza川はアフリカの川であり、世界最長の川であるナイル川の最も遠い水源であると考えられています。ブルンジのキキジ山にそびえ立ち、ルルブ川を越えてタンザニアのカゲラ川に流れ込み、そこからビクトリア湖に流れ込みます。」
https://en.wikipedia.org/wiki/Ruvyironza_River
https://www.wikidata.org/wiki/Q1878289

ナイルの水源で調べていたら、こちらのブログでようやく地名が分かりました

ブルンジ編その10☆いよいよナイルの源流へ 2011年12月18日
タンザニア徒然草 asamiこと金山麻美が送る日々
https://asatanza.seesaa.net/article/201112article_9.html
ブルンジ編その9☆天辺まで畑の緑の山々
https://asatanza.seesaa.net/article/201112article_8.html

ブルリ(Bururi)州のルトブ(Rutobu)村
Rutovu - Wiki.jpg

Rutovu
https://it.wikipedia.org/wiki/Rutovu
Kikizi - Wiki.jpg

Mount Kikizi
https://en.wikipedia.org/wiki/Mount_Kikizi

Ruvubu
https://fr.wikipedia.org/wiki/Ruvubu

そして…地図をじっと眺めていたら…ルカララ川見つけました~
やっぱりルワンダですね

ルカララ川(またはルカララ) Rukarara River
「ルワンダ西部の川で、ムウォゴ川の支流、さらにはニャバロンゴ川(the Nyabarongo River)の支流です。ナイル川の最も遠い源流です。
ルカララ山は、コンゴ・ナイル川分水界の東、ルワンダ南部の森林地帯にそびえ立っています。
ニュングウェ森林保護区( Nyungwe Forest)のカミランゾブ湿地は、ルカララの自然の貯水池となっています。
現在、ルカララ川の源はナイル川の全体的な源であることが知られています。
ルカララの源流はニャマガベ地区にあります。ニーラブゴイ川とルビイロ川(The Nyirabugoyi and Rubyiro rivers)がその主な源流であり、どちらもニュングウェ国立公園内に源を発しています」
https://en.wikipedia.org/wiki/Rukarara_River
Brakspear, Patrick (2008). On Safari in Africa: 101 Things to Know When You Go
Briggs, Philip; Booth, Janice (2010-03-16). Rwanda. Bradt Travel Guides.2013
Dumont, Henri J. (2009). The Nile: Origin, Environments, Limnology and Human Use
Hughes, Ralph H.; Hughes, Jane S.; Bernacsek, G. M. (1992). Iucn Directory of African Wetlands. IUCN.
「ニャマガベ行政地図」 (PDF)。ルワンダ国立統計研究所。2012 年
"Nyamagabe Administrative Map" (PDF). National Institute of Statistics of Rwanda.
Nyungwe- Wiki.jpg

ニュングェ国立公園
https://en.wikipedia.org/wiki/Nyungwe_Forest
https://www.nyungweforestnationalpark.org/

ナイル川の源流を求めて

さて、ナイルの水源は見つかったのか?
ヴィクトリア湖の水源は?
諸説あるらしい

nile_yosimura.jpg
(吉村和就)

ヴィクトリア湖
原地名は湖を意味するニャンジャ
半スワヒリ語ではヴィクトリア・ニャンザ (Victoria Nyanza)とも呼ばれ、タンザニアではウケレウェ (Ukerewe)、ウガンダではナルバーレ (Nalubaale)として知られていた。
世界大百科事典

ヨーロッパ人が初めてこの湖の存在を確認したのは、1858年、イギリス人の探検家 ジョン・ハニング・スピークによってである。彼は、リチャード・フランシス・バートンとともにナイル川の水源を探す探検を行い、タンガニーカ中央部のカゼ(現在のタボラ)にたどり着く。
ここで二人は、北にニアンザ湖、西にウジジ湖と呼ばれる大きな湖があることを聞いた。
二人はまず西から探検を進めることとし、1858年2月13日にウジジ湖(タンガニーカ湖)を発見した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%B9%96

「文明発祥の地の一つであるエジプト、その大地に恵みをもたらすナイル川は古代より知られていたが、その上流地域に関しては長らく謎であった。
大航海時代初期にアフリカ大陸の海岸線は明らかになったものの、内陸部に関しては未だ未知の世界であり、諸河川の上流部は誤解や空想に基づいて描かれていた。
「ナイル川の水源」もその一つであり、本格的な調査が行われ始めてからも、この謎は多くの探検家たちに試練を与え続けたのだった。

 「エジプトはナイルのたまもの」と評したヘロドトスは、ナイル川とニジェール川(実際はギニア湾に注いでいる)を同一視していた。つまりナイルは西アフリカに源を発し、チャド盆地を横断してエジプトに入ると考えていたのである。
またプトレマイオスは、ナイルの水源は中央アフリカにあるとした。
「月の山」の北にある湖から発し、メロエでもう一つの支流(青ナイル)と合流するというものである。
彼は実際にその目で見て確かめたわけではないが、かなり正確に推測している。
しかし数多くの急流に阻まれ、ナイルを遡行することは不可能であった。

 そして時代は下り、次なる探検は東から行われた。17世紀にはポルトガルのイエズス会士パエスとアルバレスの、1770年のスコットランド貴族ジェームズ・ブルースの探検により、エティオピアのタナ湖から川が流れ出しているのが発見された。
しかしこの川は支流の一つ青ナイルであった。
1820~22年にはエジプト太守ムハンマド・アリーの命によりフランス人カイヨーを含むエジプト人探検隊がナイルの遡行を行ったが、青ナイルが支流であることを確認したにとどまった。

 19世紀半ばには帝国主義列強諸国のアフリカ進出に伴って、イギリスが探検を主導した。
軍人のバートンとスピークの探検隊は1857年6月に東アフリカ、ザンジバル島の対岸バガモヨを出発、翌年2月には西洋人として初めてタンガニーカ湖に到達した。
スピークは単独で周辺を調査したが、ナイルの水源ではないと結論を出した。
後に二人は仲違いし、スピークは再び単独で探検を続け、同年8月ニアンザ(ウケレウェ)湖を発見、女王にちなんでヴィクトリア湖と命名した。
帰国後スピークはこの発見を公表し、キリマンジャロに水源を求めるバートンと対立した。
スピークは1860年今度は単独で再探検を行い、1862年7月ヴィクトリア湖北岸から流れ出る滝を発見、論争に決着をつけようとしたが、討論会の前日にピストル事故で死亡してしまう。ナイル水源の謎は完全に解けたわけではなかった。

 さらに、1864年3月にはやはり英国軍人ベーカーとその妻によってルタ・ヌジゲ湖が発見され、ヴィクトリア女王の夫の名を取ってアルバート湖と名付けられた。
この湖もまた、ナイル水源である可能性があったのだ。また、かのリヴィングストンもこの地に赴くが、ザイール川上流のルアラバ川の調査に手間取るうちに病死してしまう。
そして、行方不明とされた彼の消息を尋ねたスタンレーの探検によって、ナイル水源の謎に一応の決着がついた。

 彼は1875~76年にヴィクトリア湖の正確な地図を作成し、スピークの発見を確認した。さらに、アルバート湖の南にエドワード湖、ジョン湖(いずれもイギリス王室にちなんだ命名)を発見、そして頂上に雪を戴く伝説の「月の山」、ルーウェンゾリ山を発見した。「月の山の麓に広がる三つの湖がナイルの水源となる」というプトレマイオスの推測は正しかったのだ。

 そして20世紀に入ってついにナイル水源の謎が完全に解明された。
ナイルは複数の水源を持ち、最も厳密にいえば最上流はルヴヴ川、カーガラ川を経てヴィクトリア湖に注ぐブルンジ共和国のルヴィロンザ川であった。ここからナイルの河口までは6700kmにも及ぶ。ヘロドトス以来さまざまな障壁に遮られ、この謎が解明されるのには実に二千数百年を要したのだった」
」R・A・スケルトン『図説探検地図の歴史 大航海時代から極地探検まで』原書房 
アンヌ・ユゴン『アフリカ大陸探検史』「知の再発見」双書29 創元社
初出:『Romancing History'97』前期研究レポート、1997年7月5日発行
 http://www.geocities.jp/rekiroken/yuichi-t/tanken/stanley.htm

「リフトバレーの隆起に伴い間接的に陥没した中間部分に水がたまったものであるためである。
周囲の降水量が多いため、ブルンジから流れるルヴィロンザ川を合わせたルワンダから流れてくるカゲラ川などの多数の河川が流入するが、流出河川は北部のジンジャから流れ出すナイル川しかない。
このため、ヴィクトリア湖はナイル川水系としてナイル川の長さに計上され、ヴィクトリア湖に流れ込む河川のうちで最大最長のものであるカゲラ川の、その最長の支流であるルヴィロンザ川の源流がそのままナイル川の源流とされている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%B9%96
victoria_kobayasi.jpg
(小林 三樹)


吉村和就
国際河川を巡る争い “ナイル川は誰のものか”
http://gwaterjapan.com/writings/171010-gesui.pdf

小林 三樹
国際河川ナイル川の水資源(1)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suirikagaku/47/5/47_23/_article/-char/ja/

『愛と野望のナイル』

そして原題が『Mountains of the Moon』の映画がこれ。
Mountains Moon1990.jpg
(ポスター)
やっと観られました~!
今、アマゾンプライムで観られるのですね。
以前、「南アフリカ本」を作った後にビデオを入手して観る予定だったのに、何故かタイミングを逸して観そびれていました。
パンフレットも入手したのに…。

その後色々忙しくて、観る機会がなくて、そのままになっていたけど、
今回『ルムンバ』を探した時に、そう言えば、これもあったはず…と探したけど、
どうにも見つからなくて。

結局アマゾンプライムで観ました。

なんか予想していたのとは違う感じで、ちょっと戸惑いましたが、
「腐女子の喜びそうな展開」という話は聞いていたけど、
まあそれなりに面白かったです。
とにかくアフリカのロケのシーンが素晴らしい
パンフレットによると、ケニアで8週間のロケを行ったそうです。
他にもエジプト、タンザニア、コンゴ、ウガンダ…。すごい!
バートンの造型はよかった。
スピークがなんかアホ丸出しなのがちょっと気になった。
途中で助けるアフリカ人が、いい雰囲気をかもしだしていて、気に入りました。
後半、リビングストンと傷の比べっこをするシーンが一番面白かった。

そういえば、虫のシーンは私も怖かったです。足の切開のシーンもつらかった。(忘れてました)(笑)
確かに極限状態の愛はなかなかでしたね。スピークかわいい。切ない。
それだけに、帰国後の出版屋?の妨害があからさまで、あっさり信じるスピークのアホさに呆れました。後でパンフとかwikiとか見て、史実と知ってもっと呆れました。
確かに探検家とか登山家ってすごいですよね。
現代で行く海外旅行でさえ、我々にとっては十分冒険ですからね。
やっぱり非日常がやみつきになるのでしょうかね。
Mountains Moonrout.jpg
(パンフレットより)
原題は『Mountains of the Moon』1990 年
「月の山々」
「19世紀半ば、ナイル川の源流を求めて過酷な旅をした2人の実在のイギリス人探検家リチャード・フランシス・バートンとジョン・ハニング・スピークの物語。」
この映画は、ウィリアム・ハリソンの1982 年の小説『バートンとスピーク』に基づいてボブ・ラフェルソンが監督した。
https://en.wikipedia.org/wiki/Mountains_of_the_Moon_(film)
バートンとスピーク(小説)
https://en.wikipedia.org/wiki/Burton_and_Speke_(novel)

月の山脈

そうそう。
コンゴの世界遺産のヴィルンガ国立公園
国境をはさんでウガンダの世界遺産であるルウェンゾリ山地国立公園と隣接している山々。
こここそが幻の「月の山々」!

そういえば「月の山々」って、
手塚治虫さんの『ジャングル大帝』(1950年 - 1954年)に「ムーン山」として出てくる山じゃないですか
懐かしい!

PtolemyWorldMap.jpg
(プトレマイオスの世界地図-Wikiより)
月の山脈
「月の山脈(ラテン語: Montes Lunae、アラビア語: Jabal al-QamarまたはJibbel el Kumri )は、東アフリカにあってナイル川の源流があるといわれていた伝説上の山脈または山地。
現代に至るまでに、ウガンダとコンゴ民主共和国の国境付近にあるルウェンゾリ山地をはじめとするいくつかの地域に比定されている。

ディオゲネスという商人が、アフリカ東岸を航行している時に風に吹かれて25日間漂流し、東アフリカ沿岸の交易地ラプタあたりに漂着、そこから内陸に向かって旅をして、ナイル川の源流を発見したと報告した。
それによると、ディオゲネスは、南に大きな山並みが見える二つの大きな湖の近くまで来た。
東西約800キロメートルにわたって伸びるその山脈は、白い万年雪を戴いていることから現地住民により「月の山脈」と呼ばれていた。
月の山脈から始まる始まるいくつかの川が二つの大湖に流れ込んでおり、湖からそれぞれ北に向かって流れ出す二本の川が合流してナイル川となるという。
ディオゲネスは、ネロの養父クラウディウス(第4代ローマ皇帝)の時代より後の時代の人物である

プトレマイオスをはじめとする古代ギリシア・ローマの地理学者はこれを真実であるとした。プトレマイオスはこの山脈の位置を記した地図を残している。アフリカについてさらに広い知識を持っていた後代のアラビアの地理学者たちもこの報告をそのまま受け入れ、「月の山脈」はプトレマイオスが示したのと同じ位置にあるとしている。

19世紀中葉には、イギリスの探検家、バートン、スピーク、グラントらが、白ナイル川の源流を求めてザンジバルからアフリカ大陸の内陸に向かって旅し、大湖地方(アフリカ大湖沼群のある地域)を探検した。
このうち誰も、ディオゲネスの報告にぴったりと来るような山を見つけることができなかったが、ヘンリー・モートン・スタンリーが1889年に目撃した山脈(後にルウェンゾリ山地と呼びならわされることになる)は頂上に氷冠を戴いており、プトレマイオスの地理書の記載と適合していた(よく厚い雲に覆われるため、これ以前の20年間に訪れたヨーロッパ人探検家には目撃できなかった)。

マックス・ケアリー、エリック・ハーバート・ウォーミントン 著、小泉源太郎 訳『古代の旅行者』大陸書房、1972年1月27日。
原題:The Ancient Explorers, 1929.
プトレマイオス『ゲオグラフィア』 Geographia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E3%81%AE%E5%B1%B1%E8%84%88#cite_note-FOOTNOTE%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3197271%E2%80%9388-1

Ruwenzori03 Wiki.jpg
Rwenzori 02 Wiki.jpg
(Wikiより)
ルウェンゾリ山地(ルウェンゾリさんち、Ruwenzori Mountain[)
「アフリカ中部、ウガンダとコンゴ民主共和国の国境に位置する山地。
小規模ながらも壮観な光景を持つ。最高峰の標高は5109mである。
ルウェンゾリの山頂付近は赤道直下にもかかわらず万年雪を冠しているが、アフリカ大陸で万年雪を戴くのはキリマンジャロ山とケニア山、そしてこのルウェンゾリだけである。
ルウェンゾリ山地のほとんどは、「ルウェンゾリ山地国立公園」(ウガンダ)、「ヴィルンガ国立公園」(コンゴ民主共和国)として世界遺産に登録されている。また、ウガンダ側は2008年にラムサール条約登録地ともなった

紀元後150年頃、プトレマイオスが『ゲオグラフィア』(羅: Geographia - 地理学)の中で、ナイル川の源流について記録した文章にあらわれる「月の山脈」(ラテン語: Lunae Montes)にルウェンゾリ山地が比定されることがしばしばある。しかし、そう決め付けるには、元の記述が曖昧に過ぎる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%BE%E3%83%AA%E5%B1%B1%E5%9C%B0

ガボンの情勢

ええっ?今度はガボンですか?
オクロの天然原子炉のある国ですよね。

ガボンでクーデター、軍幹部が選挙に反発 大統領は自宅軟禁

「[リーブルビル 30日 ロイター] -
アフリカ中西部ガボンで30日、軍幹部によるクーデターが発生した。
大統領選でボンゴ大統領が3期目の当選を果たしたと選挙管理当局が発表した後、軍幹部はテレビ放送で権力の掌握を表明、大統領は自宅軟禁状態にあるとした。

軍部は国内の全ての治安・防衛当局を代表しているとし、「深刻な制度的、政治的、経済的、社会的危機に瀕している」とした上で、透明性も信頼性もない選挙結果を取り消し、全面的に国境を閉鎖し、国家機関を解散すると述べた。

軍部はその数時間後に政権移行を指揮する人物を選ぶための会合を開き、元大統領府警備隊長のBrice Oligui Nguema氏を全会一致で選出した。

クーデターが成功すれば、2020年以降、アフリカ中西部では8回目のクーデターとなる。7月にはニジェールで発生したばかり。

64歳のボンゴ大統領は、父親の死去に伴い2009年に就任。父親は1967年からガボンを率いていた。軍部はボンゴ大統領の息子らを汚職と反逆罪の疑いで逮捕した。

<市民は歓迎、アフリカ連合(AU)や米仏は非難>

石油とマンガンの産出国であるガボンを56年間支配してきたボンゴ一族の失脚につながる声明が夜間に発表された翌朝、首都リーブルビルでは多くの住民が通りで歓声をあげた。
軍幹部は「ガボン国民のため、われわれは現政権に終止符を打つことで平和を守ることを決定した」と述べた。

26日に行われた大統領選を巡っては国際的なオブザーバーの欠如や外国放送の一部停止に加え、投票終了後にインターネットが遮断され、夜間外出禁止令が発令されるなどし、選挙プロセスの透明性に対する懸念が高まっていた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8f5aa41cf439aec635bc7fbe600cdec7d1ed7a11

ガボンでクーデター、軍幹部が選挙に反発 大統領は自宅軟禁
https://jp.reuters.com/article/gabon-election-idJPKBN3050BY

ガボンでクーデター 大統領を軟禁、選挙無効―半世紀の独裁崩壊
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023083000655&g=int

アフリカでクーデター頻発 過去3年で8回、民主主義後退
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023083100734&g=int

コラム:クーデター頻発するアフリカ、外国の資源争奪助長も
「[ロンドン 30日 ロイター Breakingviews] -
アフリカでは過去2年でクーデターが続発し、最近ではニジェールとガボンがこの流れに加わった。
ただ両国がこれまでに政権転覆が起きた国と異なるのは、豊富な天然資源を抱えている点にある。
政情不安定化は、この地域における世界的な大国同士の資源を巡る争いを助長させる恐れもある。

ガボンは石油輸出国機構(OPEC)加盟国で、生産量は世界全体のわずか0.2%とはいえ、れっきとした産油国だ。
また鉄鋼製品の強度向上や電気自動車(EV)用電池に利用されるマンガンの国内鉱床規模は世界で2番目に大きい。
その大部分を採掘しているフランスの資源大手エラメットが操業を停止したと発表すると、30日に同社株価は急落した。

ニジェールはウランの主要生産国。欧州連合(EU)への供給国としては第2位の地位を占め、フランス国営の原子力事業会社オラノが長らくニジェールでウラン採掘に従事してきた。
ところが、バズム大統領から実権を奪った軍部が反フランス的な声明を公表し、オラノがまだ手を付けていない大規模なウラン鉱山の採掘計画が台無しになるかもしれないとの不安が増しつつある。

ガボンとニジェールのクーデターでは、その政治的な背景は違っている。
ガボンの場合、ボンゴ大統領の3選が確定した2日後に特定の指導者を持たない軍の一部グループが政治に介入してきたが、そもそも42年間にわたって同国を統治してきた父親の地位を受け継いだボンゴ氏の政権を世論は必ずしも全面的に支持していなかった。
一方、クーデター前のニジェールはより民主的な国とみなされ、地域のイスラム過激派掃討作戦においてもフランスや米国にとって重要な同盟国だった。

既に中国は、内陸国ニジェールが生産を始めたばかりの石油を南西部のベナン経由で輸送するためのパイプライン建設に資金を提供している。
またニジェールのウラン採掘からフランスが閉め出されれば、EU内でロシアからのウラン輸入禁止を求める声が弱くなることも考えられる。
EUはまだロシア産ウランを経済制裁の対象品目には入れていない。

中国はマンガン調達の20%余りをガボンに頼っており、クーデターを起こした軍のグループに対してボンゴ氏の安全と国内の安定を保証すべきだと警告している。

一連のクーデターは、金融資本市場からの資金調達が困難な上、金利上昇に苦しみ、自国通貨が下落し、インフレや債務増大といった重荷に苦しむ地域で発生した。
アフリカが外国に求めるのは資金面の支援だが、政情不安定化の結果、外国は債務負担軽減などの手を差し伸べるよりも資源争奪に走る公算が大きい。」
https://jp.reuters.com/article/gabon-election-breakingviews-idJPKBN30607B

「 サブサハラ・アフリカ有数の産油国であり、輸出収入の68%、GDPの27%、国家収入の59%を依存する。
石油に加えて、マンガン、木材で輸出収入の9割を占めることから、資源の国際価格の変動に非常に影響を受けやすく、経済構造の改革が喫緊の課題。
石油生産は97年の約37万バレル/日をピークに減少に転じており、現在は、約20万バレル/日で推移。
一人あたりの所得が高い一方、国連人間開発指数では112位(2021年)。
ガボン政府は、経済の多様化、格差に起因する国民の不満解消のための貧困対策、多額の対外債務の返済という3つの大きな課題に取り組んでいる。」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/gabon/data.html#01

gabon_wiki.jpg
(Wikiより)
gabon_mofa.jpg
(外務省HPより)

2023年ガボンクーデター
https://ja.wikipedia.org/wiki/2023%E5%B9%B4%E3%82%AC%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%BF%E3%83%BC
https://en.wikipedia.org/wiki/2023_Gabonese_coup_d%27%C3%A9tat
https://fr.wikipedia.org/wiki/Coup_d%27%C3%89tat_de_2023_au_Gabon

2023-08-17 オクロの天然原子炉

ニジェールの世界遺産

そう言えば、ニジェールの世界遺産
アップし忘れていたので。
(暫定リストが多すぎて、挫折していました。暫定リストは後ほど)
Agadez_ Wiki.jpg

アガデス歴史地区
Centre historique d’Agadez/Historic Centre of Agadez
「アガデスはニジェールの北部、サハラ砂漠の中にある大きな都市です。国内外の貿易拠点として栄え、10万人近い人々がこの地で暮らしていて、街の中心には今から500年ほど前に建てられた巨大なモスクや宮殿があります。」

「砂漠への玄関口として知られるサハラ砂漠の南端にあるアガデスは、15 世紀から16 世紀にかけて開発されました。
何世紀にもわたって、アイル・スルタン国が設立され、トゥアレグ族が古い野営地の境界を尊重して市内に定住し、それが現在も残る街路パターンを生み出しました。
キャラバン貿易の重要な交差点である市の歴史的中心部は、不規則な形をした 11 の地区に分かれています。
そこには、多数の土製の住居と、世界で最も高い日干しレンガだけで作られた高さ 27 メートルのミナレットを含む、保存状態の良い宮殿的および宗教的建造物群が含まれています。」
https://whc.unesco.org/en/list/1268/
https://worldheritagesite.xyz/agadez/
https://en.wikipedia.org/wiki/Agadez
https://fr.wikipedia.org/wiki/Agadez
https://de.wikipedia.org/wiki/Agadez

Air Mountains_ Wiki.jpg
Tenere_Air_park_wiki.jpg
アイル・テネレ自然保護区
Réserves naturelles de l'Aïr et du Ténéré
Air and Ténéré Natural Reserves
770万ヘクタールのアフリカ最大の保護区です。保護された聖域とみなされる地域はその 6 分の 1 にすぎません。そこには、気候、動植物の点からサハラ砂漠のテネレに孤立したサヘル島、噴火中のエア山塊が含まれます。保護区には、景観、植物種、野生動物の優れたコレクションが存在します。
リムガゼルなど絶滅の危機に瀕している動物が生息し、ウシ科の哺乳類アダックスが貴重な動物として保護されています。
https://whc.unesco.org/fr/list/573
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%8D%E3%83%AC%E8%87%AA%E7%84%B6%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E5%8C%BA

アイル山地
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E5%B1%B1%E5%9C%B0
https://en.wikipedia.org/wiki/A%C3%AFr_Mountains
https://fr.wikipedia.org/wiki/Massif_de_l%27A%C3%AFr

Ténéré
https://en.wikipedia.org/wiki/T%C3%A9n%C3%A9r%C3%A9
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_Niger
https://en.wikipedia.org/wiki/Niger

WAPendjari Wiki Com.jpg

W=アルリ=ペンジャリ国立公園複合体
Complexe W-Arly-Pendjari
W-Arly-Pendjari Complex
「ニジェールの W 国立公園へのこの国境を越えた拡張区域 (ベナン、ブルキナファソ) は、草原、低木の茂み、樹木が茂ったサバンナ、広大なギャラリーの森。これは、西アフリカのサバンナ帯における陸生、半水生、水生の生態系の最大かつ最も重要な連続体です。この施設は、西アフリカの他の場所で姿を消した動物、または非常に絶滅の危機に瀕している動物種の避難所として機能しています。特に、西アフリカ最大のゾウの生息地であり、アフリカマナティー、チーター、ライオン、ヒョウなど、この地域に特有の大型哺乳類のほとんどが生息しています。」
https://whc.unesco.org/fr/list/749
https://en.wikipedia.org/wiki/W-Arly-Pendjari_Complex
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:W-Arly-Pendjari_Complex?uselang=de
W国立公園
https://en.wikipedia.org/wiki/W_National_Park



26 Gwin, Peter. "Lost Tribes of the Green Sahara" Archived 3 September 2010 at the Wayback Machine, National Geographic, September 2008.
https://web.archive.org/web/20100903071614/http://ngm.nationalgeographic.com/2008/09/green-sahara/gwin-text/1

36 Sereno PC, Garcea EAA, Jousse H, Stojanowski CM, Saliège J-F, Maga A, et al. (2008). "Lakeside Cemeteries in the Sahara: 5000 Years of Holocene Population and Environmental Change". PLOS ONE. 3 (8): e2995. Bibcode:2008PLoSO...3.2995S. doi:10.1371/journal.pone.0002995. PMC 2515196. PMID 18701936.

Lakeside Cemeteries in the Sahara: 5000 Years of Holocene Population and Environmental Change
https://web.archive.org/web/20081216015910/http://www.plosone.org/article/info:doi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0002995

コンゴの世界遺産 2

暫定リストにはちゃんと考古学遺跡があるのね。

暫定リストに掲載されているサイト 3
https://whc.unesco.org/en/statesparties/cd
Dimba Ngovo Wiki.jpg
(Wikiより)
ディンバとンゴヴォの洞窟 Grottes de Dimba et Ngovo 1997年
「コンゴ中央州にあり、18000年前にさかのぼる考古遺跡を含んでいる。
石器時代から鉄器時代にかけての石器や土器が出土している地域で、時代ごとの生活様式の移行が記録されている」
https://whc.unesco.org/fr/listesindicatives/961/
https://www.wikidata.org/wiki/Q905443
https://hu.wikipedia.org/wiki/Dimba_%C3%A9s_Ngovo_barlangjai
https://core.ac.uk/download/pdf/39864474.pdf
https://www.persee.fr/doc/karst_0751-7688_1985_num_6_1_2104
https://books.openedition.org/pub/10868

Matupi Cave_ Wiki.jpg
(Wikiより)
マトゥピの洞窟 Grottes de Matupi 1997年
「約40000年前にまでさかのぼる東部州の考古遺跡で、世界でも最古級の細石器が出土している地域」
https://en.wikipedia.org/wiki/Matupi_Cave
https://whc.unesco.org/fr/listesindicatives/962/

Upemba _ Wiki.jpg
(Wikiより)
ウペンバの窪地 (Dépression de l'Upemba 1997年
「カタンガ州にあり、多くの湖沼をもつ巨大な窪地 (Depression) 。
そこには面積11,730km2のウペンバ国立公園が設定されており、中心部のウペンバ湖周辺には湿地帯が広がっている。
周辺の草原や森林も含めると、生息している生物は1800種を超えると見積もられている。
そして、文化的な側面については、石器時代から近代に至るルバ人の歴史を伝える「サハラの南で最大級の墓所群」が残されている」
https://en.wikipedia.org/wiki/Upemba_Depression
https://whc.unesco.org/fr/listesindicatives/963/

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