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『砂漠のライオン』 

lionofdesert1981.jpg

珍しいイタリアのリビア侵略の話だというので、
観てみました。

「アルジェの戦い」の後では、
ちょっとテンポが悪いかな~と思いつつ、
色々と知らない世界が繰り広げられ、
大変興味深かったです。

ムッソリーニのことって、全然知らなかったです。

砂漠のライオン
LION OF THE DESERT
1981 163分
リビア/アメリカ/イギリス

砂漠のライオン 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=1qWvQd4IlvA
ヘタリア軍奮戦 イタリア軍VSベドウィン族
http://www.youtube.com/watch?v=ImIMumLscOs

<ムスタファ・アッカド監督の指揮の下、撮影された史実に基づいた映画です。
第1次世界大戦前の1911年、
イタリア王国がオスマン・トルコ帝国と戦争を行い、
当時、トルコ領であったリビアを割譲させる事に成功します。

ところが、現地リビアでは
砂漠の民ベドウィン族がリーダー、オマー・ムクターらの指導の下、
激しい抵抗運動を展開し、
イタリアのリビア統治は苦難の連続という泥沼に陥ってしまいました。

ところが、1922年、イタリアでファシスト党のムッソリーニが政権を獲得、
一大ローマ帝国を築こうと野望に燃えていたムッソリーニは、
1924年にはユーゴからフィウメを併合、
続いて1926年にはアルバニアを保護国化するなどして
ファシズムの旗を地中海沿岸に拡大しようとしていました。
そんなムッソリーニとって一番我慢ならないことが、
リビアでのベドウィン族の抵抗運動でした。

そこで、頭にきたムッソリーニは大軍をリビアに投入し、
鎮圧作戦を実施していましたが、
ついに1929年、第1次世界大戦の英雄グラツィアーニ将軍を
リビアの司令官に任命します。
彼は後に「虐殺者グラツィアーニ」と呼ばれるほどの
過酷なゲリラ掃討作戦を実施します。
グラツィアーニはまず、近代兵器を砂漠へ投入します。

史上初の戦車の砂漠での作戦行動の実施。
航空機による無差別爆撃。
毒ガスの使用等々。

さらに、毛沢東の格言「ゲリラとは人民という海を泳ぐ魚である」
という考えを逆手にとって、
ベドウィン族の村や耕作地、井戸を破壊し、反乱分子を躊躇なく処刑し、
その他のベドウィン族を強制収容所に隔離してしてしまいます。

当然、人権の欠片もないイタリア軍の手による強制収容所では、
栄養失調者や病気で死者が続出、
この残虐なゲリラ鎮定作戦を列強は「イタリア式」と呼んで眉を顰めました。

この映画、私がまず観ていて目に付いたのはイタリア軍の装備ですね。
それから、イタリア軍の装甲車や戦車の出来の良さ!
とくに戦車は、イタリアがフランスのルノーFT型戦車をコピーして
作ったフィアット3000突破戦車
(戦車といっても当時のトラックの荷台に乗るようなちいさな二人乗りで、
しかも重機関銃が1丁しかないという貧弱なものですが・・・)
が本物そっくりなのには驚きましたね。

さらに、当時のイタリア軍の制服など、
小道具も当時の写真や映画
(ファシストは宣伝を重視していたので、
このような映像資料がたくさん残っていて、
映画を製作する際の参考になったそうです)
そっくりに作られていて、違和感がない仕上がりとなっています。

こうして、グラツィアーニ将軍はオマー・ムクターの指導するゲリラを追いつめていくのですが、
相手はゲリラ、舞台は広大な砂漠、
包囲しようとしても山岳地帯に逃げ込まれ、中々、掃討する事が出来ません。

そこで、グラツィアーニはムッソリーニに直訴して
「古代のハドリアヌスの城壁」の近代バージョンを提示、これを実行に移します。
これは、英国保護領であるエジプトとの国境に
海岸線から本当の不毛の地である「砂の海」まで鉄条網で国境を封鎖、
ゲリラへの物資の補給を完全に遮断するという作戦でした。

こうして追いつめられたオマー・ムクターはついにイタリア軍に捕らえられ、
ベンガジで軍事法廷にかけられた後に、
公開処刑(絞首刑)に処され、映画はそれで幕を閉じます。

それにしても、アンソニー・クインと本物のオマー・ムクターが
本当に写真を見比べるとそっくりなのには驚きましたね。
http://plaza.rakuten.co.jp/tikutai/diary/200705160000/
濫読屋雑記

アンソニー・クイン(米・ムクター役)
オリヴァー・リード(英・グラッツィアーニ役)
ロッド・スタイガー(米・ムッソリーニ役)


オマル・ムフタール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%95%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB

リビアの写真集と旅行記
http://www.bbweb-arena.com/users/et/libya/libya.htm

アッカド監督、テロの犠牲に…「砂漠のライオン」(ZAKZAK - カイロ共同)
シリア出身の映画監督、ムスタファ・アッカド氏が死去した。
AP通信によると、ヨルダンの首都アンマンで9日夜に発生した連続爆弾テロで負傷し、
11日、搬送先の病院で亡くなった。75歳。
シリアで生まれ、米国を拠点に映画界で活躍。
イスラム教の預言者ムハンマドの半生を描いた「ザ・メッセージ」(1976年)、
ムソリーニ政権のイタリア軍占領に抵抗したリビア指導者を描いた「砂漠のライオン」(81年)
などを監督。米映画「ハロウィン」シリーズのうち数作品を製作総指揮した。


米映画製作者が巻き込まれ死亡、アンマンの爆弾テロ(CNN.co.jp - USA)
中東ヨルダンの首都アンマンのホテル3カ所で9日発生した同時爆弾テロで、
米ホラー映画の人気シリーズ「ハロウィーン」の製作者として知られる
シリア系米国人、ムスタファ・エッカード氏が
結婚披露宴に出席中、事件に巻き込まれて負傷、
11日に死亡したことが分かった。
米国務省と経営する映画スタジオのスポークスマンが明らかにした。

事件現場のラディソン・ホテルの会場に一緒にいた娘(34)も即死していた。
エッカード氏は1935年生まれとなっている。
同ホテルでは結婚披露宴が開かれている最中に、爆発物のベルトをつけたテロ犯が自爆した。

9日の事件では米国人計3人が死亡しているが、
エッカード氏、娘はこのうちの2人になっている。
事件では、自爆犯3人を含め計60人が死亡している。

エッカード氏は19歳の時の1954年にシリアから訪米。
大学で映画などを学び、1977年に自らのスタジオを創設。
78年から「ハロウィーン」シリーズを製作し、計8作を手掛けている。
イスラムの歴史を扱った映画で、アカデミー賞の音楽部門にノミネートされたこともある。

http://d.hatena.ne.jp/deadman2/20051112/moustaphaakkad

イタリアのアフリカ侵略
http://www.kaho.biz/italy.html
元老院議員私設資料展示館>西洋史>イタリアのアフリカ侵略 第2部
http://www.kaho.biz/italy/b.html#1
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