2016-08-18

アルハンブラ宮殿を描いた銅版画

今回、イメージイラストとして、使わせていただいた銅版画。

Murphy1813alhambra.jpg

 もう1枚はマーフィ氏。
アイルランドの建築家だそうです。 
これは確か、グラナダのホテルの売店か、アルハンブラ宮殿の売店で入手したもの。
19世紀の銅版画集の復刻版。
この手の銅版画や絵画の復刻版が、現地では山のように出ていまして。
見つけた端から買い漁っていましたが、ドレ様のはなかったんですよね。

 今思うとアルハンブラ宮殿は一番身近で格好のオリエンタリズムの題材だっでしょうね。
はるばるアフリカや中近東まで行かなくてもあったんですから。
ヨーロッパ大陸の果て、ピレネーの向こうに。 


Murphy1813Spain.jpg

James Cavanah Murphy
The Arabian Antiquities of Spain 1813

James Cavanah Murphy (1760–1814) was an Irish architect and antiquary.
ジェームズCavanahマーフィー(1760–1814)は、
アイルランドの建築家と古美術商でした。

In December 1788, William Burton Conyngham commissioned Murphy to make drawings of Batalha Monastery in central Portugal. He was back in Dublin in 1790, and was in England at the end of the year. In 1802, he went to Cadiz, where he remained for seven years studying Moorish architecture, with some diplomatic duties.
1788年12月に、W・バートンConynghamは、マーフィーに
中部ポルトガルのBatalha修道院の図面を製作するよう依頼しました。
彼は1790年にダブリンに戻っていて、年の末にイングランドにいました。
1802年にカディスに行き、ムーア人の建築を勉強するために
若干の外交的なduties.ととも7年の間滞在しました。
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Cavanah_Murphy

こちらは奥付の飾り罫を使わせていただいた本

Prangey1837Granada.jpg

Girault de Prangey
Recuerdos de Granada y de La Alhambra 1837

(Impressions of Granada and the Alhambra)

実は彼の本にも
素敵なアルハンブラ宮殿の銅版画が紹介されています。
今回、どれにしようか迷ったくらいです。

prangey1837alhambra01.jpg

prangey1837alhambra02.jpg

ジョセフ・フィリベールジロー・デ・Prangey(1804年10月21日- 7 1892年12月)は、
中東で活躍したフランスの写真家、製図工だった。
彼の銀板写真は、ギリシャ 、パレスチナ、 エジプト 、シリア、 トルコの最古の存続写真です 。
驚くべきことに、彼の写真は、彼の財産の物置で1920年代に発見され、
その後、80年後に知られるようになりました。

彼は、パリのエコール・デ・ボザールで絵画を学んで、
1841年におそらく、銀板写真術をルイ・ダゲール自分自身やイポリット・ベアードから 学んだ。
彼は、中東の建築に強い関心を持っていた。
1841年と1844年の間にイタリアと地中海東部の国を見学し、
彼は建築の景色、風景、そして肖像画の900以上の銀板写真を生産。
フランスに帰国した後、それらの写真から水彩とペンとインクの研究をし、リトグラフの小版の本を出版した?

Joseph-Philibert Girault de Prangey (21 October 1804 – 7 December 1892) was a French photographer and draughtsman who was active in the Middle East. His daguerreotypes are the earliest surviving photographs of Greece , Palestine, Egypt , Syria and Turkey . Remarkably, his photographs were only discovered in the 1920s in a storeroom of his estate and then only became known eighty years later.

Girault de Prangey studied painting in Paris at the École des Beaux-Arts and in 1841 he learned daguerreotypy, possibly from Louis Daguerre himself or from Hippolyte Bayard . Girault de Prangey was keenly interested in the architecture of the Middle East, and he toured Italy and the countries of the eastern Mediterranean between 1841 and 1844, producing over 900 daguerreotypes of architectural views, landscapes, and portraits.

After his return to France, Girault de Prangey made watercolour and pen-and-ink studies after his photographs and published a small-edition book of lithographs from them
https://en.wikipedia.org/wiki/Joseph-Philibert_Girault_de_Prangey


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