2016-11-21

『真田丸』9

面白いので、つい、つぶやきを拾ってしまいます。

『真田丸』第46回「砲弾」

久しぶりの登場なんだから、劇中もさることながら、、皆さんを調略しなきゃ 真田信尹ではない。
真田丸 信尹叔父上の「読まんでいい」に視聴者が調略される事案が発生 #真田丸 - NAVER まとめ
https://twitter.com/polon0702/status/800327977217032192

「源次郎信繁は父親に似て知恵が働き、そして我ら兄弟に似ず義に厚い男」 更に表裏比興も受け継いでいた、それはもうガッツリと、自分の戦を貫く為に相手毎に言葉を変える。「義に厚い」と見えない安房守様が武田への義を生涯捧げたみたいに、手段選ばず豊臣への義を貫く左衛門佐様。 #真田丸
https://twitter.com/hervorruf/status/800310798354616320

「信政が心配」

一兵卒として出番る左衛門佐様
ストレス解消かい #真田丸
まああの大坂城の伏魔殿ではストレスMAXだよ
https://twitter.com/hervorruf/status/800302445297631232

おまえの父はどんなに無茶に見えても必ず先を見ていた おまえの父親が必死に守ってきた真田の家を おまえの父が おまえの父が おまえの父が うんうん、出浦様、よくわかったよあなたの変わらぬ愛は #真田丸
https://twitter.com/hervorruf/status/800296550073331712

あの自分に爆薬投げつけるのも躊躇わない昌相が、信之を絶対に傷付けずに止めるためにあんなネバネバ一生懸命準備してたと思うと それだけで泣ける #真田丸
https://twitter.com/Chinoura310/status/800314646703939584

【今日わかったこと】 ・出浦さんの昌幸パパン観は今ひとつ信頼がおけない ・信尹叔父上の自己&兄上認識はとても信頼がおける #真田丸https://twitter.com/iga_iganao/status/800306679220838401

#真田丸 『真田丸』第46話。今回は本当に重要な回である。真田幸村は、「10万の兵力の総大将」という魔性に酔い、浪人衆を裏切り(出兵拒否)、秀頼を裏切り(和睦拒否)、淀殿を裏切っている(夜襲)。そう『戦に酔う一族』真田家の魔性を描ききった回である。三谷脚本恐るべし!
https://twitter.com/Jiraygyo/status/800304551467225088

共に二度の落城を経験した妹・初さんからの「本心を言う人ですか?」は重たい言葉だなぁ…。 #真田丸 #丸絵
https://twitter.com/namazudou/status/800337431983554560



#真田丸 #丸絵
早丸を見て
「えげれすの大筒⁉︎いやいや、大坂城に届くわけないだろ…念のため調べるか…」
〜急ぎネットの距離計算ソフトで調べる〜

「…カルバリン砲すげぇ…こりゃ、淀殿もビビるわ…」
https://twitter.com/hiroju55/status/800303043493269505

#真田丸 はおそらくこの時代にある種の人々が持っていた「狂気」を描くのがすげーうまいなあ。。。秀吉演じる小日向文世さんもうまかったけど、淀殿を演じる竹内結子さんもすごいことになってきた。。。
https://twitter.com/tarareba722/status/800300759795396609

いつもはそっと茶々様の手を振り払うのに、男の武器使いよった。大人になったね源次郎…。
https://twitter.com/bu_ch03/status/800308118043299841

淀殿のして欲しいことを確実に把握してお手手ギュッで調略しちゃう幸村半端なかった #真田丸
https://twitter.com/Mizu_yoKAAAN/status/800314022964776960

丸島和洋 ‏@kazumaru_cf 11月20日
引き続き初が登場です。聡明な常高院というのは、なかなか例がないかもしれませんね。

出浦昌相、復活です。実際には、彼はこの時筆頭家老の大熊と並ぶ地位にありまして、吾妻郡の行政を担当していました(「吾妻職方」)。ですので、岩櫃城代という感じです。

ドラマでは、爆発(自爆)で全身がぼろぼろになっており、療養中という設定。実はこの翌年、昌相は大病を発し、「もしもの時には」嫡男幸吉への家督相続願いを出していますから、平仄が不思議とあっていたりします。結局回復し、他界したのは元和9年(1623)、享年78と長命です。
https://twitter.com/kazumaru_cf/status/800380070233710592?lang=ja

真田信尹。家康の関東転封後、会津の蒲生氏郷に仕えていました。石高は当初5000石、後6000石。昌幸とともに「信玄の両眼」と謳われた曾禰昌世と行動をともにし、急に加増された蒲生氏の実戦要員となっています。しかし、氏郷の早逝とその後の御家騒動で致仕。

関ヶ原の2年後、甲斐で3000石を与えられ、旗本に復帰しました。大坂の陣では、武田旧臣たちが目付をつとめていまして、信尹もそのひとりです。諸大名に軍令を連署状で伝達していました。

この時、正純が提示した条件は「10万石(1万石という史料もあり)を与えるので、合戦中に寝返れ」というもの。信繁の回答は「合戦終結後であれば、1000石でお仕えしても構わない」というものであったそうです。ようするに、合戦中の寝返りは拒否したという形。

信尹と信繁の再会。名シーンでした。本当は密書は燃やして欲しかったのですが(破っただけなら拾われかねないし)、スタジオ撮影なので難しいとのこと。

有楽斎を通じた和睦交渉は、実はとっくに始まっていました。秀頼が、頑としてそれに応じなかったわけです。それを変えたのが、一発の砲弾でした。

淀殿の側に着弾し、侍女が死んだことに彼女がショックをうけたわけです。秀頼としても、兵糧が心配になってきたものと思われ、和睦交渉へと動きます。なお、徳川方の多くは寒いので早く帰りたいというのが本音。初陣が寒中の野営で、堪えたようです。

さて、実際に本丸に撃ち込まれた大砲をめぐっては、いろいろ議論がありました。カルバリン砲は、日本にとっては最新鋭で、射程は長いのですが、威力が非常に弱い。実際には、備前島もしくは今福あたりから撃ち込んでいるので、射程が短いが強力なカノン砲ではないかという意見がでました。
https://twitter.com/kazumaru_cf/status/800386746240225280?lang=ja

ただ、家康の陣所(茶臼山)から、真田丸頭上を越えて撃ち込む演出なので(そうしないと、信繁がみえないし)、そうなると今度はカノン砲では飛距離が足りません。

という議論を重ねた結果、カルバリン砲で、天守閣を損壊させたのではなく、狙いが逸れて(そんな飛距離だと命中率低いし)しゃちほこが奥御殿に落下し、倒壊した屋根で死者が出たという台本が仕上がってきまして、なるほど、これならカルバリン砲でまったく問題ない、と得心した次第です。https://twitter.com/kazumaru_cf/status/800388188170657792?lang=ja
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