2016-12-16

家康以前の江戸3

suzuki_edo1975p.jpg

『江戸と江戸城-家康入城まで』
鈴木 理生 新人物往来社、1975年

続きです。

頼朝と江戸氏
1180年、正史に初見(『吾妻鏡』)
江戸氏は東国八ヵ国の「大福長者」?
水上交通機関の所有者、水上交通の拠点『江戸湊』の主人公
武蔵国平氏流の畠山・河越・江戸各氏は頼朝の敵だった。
水上権の争い?
のち幕府は浅草と江戸の分離をはかり、江戸氏の監視をかねて矢野氏を浅草と江戸の中間に配置した
東国の通運機能を矢野氏に支配され、「大福長者」機能を解体され、
幕府は本家筋を殺害(1205年)
支族は武蔵野台地(多摩川水系)に散っていく

江戸氏と熊野信仰
紀州の熊野三山-10世紀から四世紀の間、室町時代に伊勢参宮にとって代わられるまで、全国的に信仰が普及
全国的に熊野末社が海岸地帯に多く分布
当時の交通事情からすると、海路が最も早く安全だった
江戸氏関係の書類も現存

『義経記』の「西国」-四国・九州を含む概念 主として九州を指したらしい
「東国」-関東と東北(みちのく)を含む概念

東国の方言(昭和30年で!)
 利根川は関東地方の方言を分割していた
 東関東の方言は東北的
 千葉は両方の緩衝地帯
中世からの東国の実態を表している!
以下の関東の争乱の勢力分布図とも重なる!
(『日本文化風土記3 関東編』河出書房新社 昭和30年)

戦国前夜の東国
室町幕府(1338-1573)の権限を二分した機関としての関東管領職を鎌倉におく

関東の争乱は
関東管領勢力の独立、分裂(利根川を境に)、さらに内部分裂
そして後北条氏による鎌倉勢力の駆逐と展開していく
『南総里見八犬伝』の歴史的背景の解説と重なる
それが倭寇の変遷と対明貿易ともリンクしている
上杉氏は鎌倉公方の管領職(執事)だった

対外貿易の目玉商品は刀剣と硫黄
(田中健夫『倭寇と勘合貿易』吉川弘文館)

薩摩の島津氏の出自は
鎌倉時代に東国から派遣された支族

足利学校(1432~1871)は当時の軍事総合大学
長く東国の文化的中心となった

日蓮の出身は安房
大陸の情報(蒙古)は安房の海上通運業者の情報網により入手
東京湾横断航路を利用して移動

この後、やっと太田道灌の登場

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