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2017-08-27

「原爆投下 知られざる作戦を追う」

メモメモ…
録画していたのをやっと観たのですが、
なかなかに恐ろしい番組でした。

BS1スペシャル「原爆投下 知られざる作戦を追う」
<1945年8月、人類の上に投下された原子爆弾。
広島と長崎では、その年だけで21万人以上の命が奪われた。
アメリカで原爆投下は、当時のトルーマン大統領が
「多くの命を救うため」に決断したとされる。
しかし、軍や政権の極秘資料から、
実は明確な決断はなかった可能性が浮かび上がってきた。
投下の意思決定は、誰がどのように行ったのか。
今回、私たちは原爆開発の指揮官の肉声などを徹底検証、
原爆投下71年目の真相に迫る。>
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/3115146/index.html

#原爆投下知られざる作戦を追う
<トルーマンは
「戦争を早く終わらせ、多くの米兵の命を救うため、原爆投下を決意した」と述べたが、
これは後から付けられた口実で、
実際にはトルーマンの明確な決断のないまま、
グローブス将軍により原爆投下が実行された。

原爆の大量投下を目指していた 米軍の極秘計画のドキュメンタリーが衝撃過ぎ…

巨額の開発費を投じて完成した原子爆弾を 使わずに終戦した時に
開発責任者が責任を追及されたくなかったから 原爆投下へ仕向けられたと言う事実
そして後付けの「戦争を終わらせる為に投下した」と言う文言>

https://twitter.com/hashtag/%E5%8E%9F%E7%88%86%E6%8A%95%E4%B8%8B%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%96%E3%82%8B%E4%BD%9C%E6%88%A6%E3%82%92%E8%BF%BD%E3%81%86?src=hash

<これがなんとNHK本局の制作でなく、
NHK広島と言う一地方局の独自制作と言うから、さすがに凄いと恐れ入る。

当時の原爆開発の総責任者であった
米軍のレスリー・グローブス将軍(原爆投下当時)の肉声が記録された
1970年4月3日のインタビュー・テープの内容が、
昨年のNHKの取材により 初めて明らかにされた。
グローブスが亡くなる三か月前に、
正確な記録を残しておく目的で 軍が記録・作成したテープだったが、
内容は当然ながら極秘とされ、長年保管庫に眠ったままだった。

このテープが コロラド州の軍施設内の 空軍士官学校の図書館の書庫に保管されていた。
長年極秘扱いだったこうした史料の存在を、

どういった理由とルートで NHKが発見して取材に至ったか と言う詳しい経緯は端折られていたが
(米国内の政治絡みもあるのかも知れない)、
交渉開始から取材まで 4か月を要したとされている。

原爆開発総責任者の肉声の証言は驚くべき内容で、
従来の歴史認識を変える大きな発見と言えるだろう。
原爆開発計画の主要人物としては グローブス将軍は周知の人物であるが、
その肉声のテープの内容が NHK広島の取材により公開されると言うのはやはり意義が大きい。

原爆開発計画はルーズベルト大統領時の1942年に承認され、
その責任者としてレスリー・グローブス准将(当時)が指名された。
このような高度で複雑な計画が、
実質的なプロジェクトのスタートからわずか3年程の短期間で完成・使用にまで至ったのは、
その全体像を グローブスが自分以外の誰もが知り得ないように 完全に極秘裏に進めた結果だった。
任命したルーズベルトでさえ、
着手当初は相当の期間を要する計画であり、
まだ実戦で使用することは念頭になく、
いずれ完成すれば、それはまたその時に ひとつの戦略的オプションとして
手の内に持っておければという程度の認識で、
計画はグローブスに丸投げされた状況だった。
その証言テープのなかで、グローブス自身の明確な肉声で、
「大統領が知っていたのは 私が責任者を務めていることだけで、
(中略)進捗について何かを聞かれた覚えもない。
何か問題がおきても 報告する必要もなく、解決は全て自分に任されていた。
おかげでうまく開発を進めることができた」と証言している。

大統領をはじめ政権側は、
原爆はまだ想像上の兵器で 完成はまだまだ先だと考えていて、
具体的にどう使うかや目標について関心がなかった。
その一方で 軍は原爆をどう使うかについて、
投下の二年以上前から検討をはじめていた。
原爆は必ず完成すると想定して、どう使用するかを すでに考えはじめていた。
情報の細分化が行われ、グローブスら軍の上層部のわずかな人間しか
計画の全体像を見通すことが不可能だった。

そうした状況のなかで、
ルーズベルト大統領が急死後に 突然大統領に任命されたトルーマンが、
就任時に原爆開発計画の詳細を知りうるはずもなかった。
グローブスが持参した 24ページに簡潔にまとめた説明資料を目にして、
大学教育を受けていない新大統領は
「そんな長いレポートなど読みたくない」と、計画の詳細を知ろうともしなかった。
イエスともノーとも 具体的な返事を得なかったことをもって、
「計画継続は承認された」と自己に都合がよいように解釈した>

https://blogs.yahoo.co.jp/ritsuo530/63806544.html

<当初グローブスが立てた計画での 原爆投下予定地の第一候補は京都だった。

これに対し、文民の軍トップとして 大統領に仕えたスティムソン陸軍長官は
かつて京都にも訪れたことがあって、
そこが 軍とは無縁の一般市民が集住する古都だと言うことを知っていた。

グローブスが当初から 無差別に一般市民の頭上に原爆を投下する気でいることを
スティムソンから聞かされたトルーマンは、さすがにこれはまずいと気が付きはじめた。
下手をすれば、アメリカがヒトラー以上の残虐行為の当事者として
歴史に汚名を残すことにもなりかねない(スティムソン陸軍長官の6月6日付け日記)。
すでに東京や大阪では、
これもまた もうひとりの悪魔としか思えないカーティス・ルメイによる
大規模な空襲で 一般市民に多大な犠牲者が出ており、
国際社会が非難する 無差別爆撃に当たるのではと危惧しはじめていた。
これ以上アメリカのイメージを悪化させたくなかったのだ。

グローブスは ぎりぎりまで京都案をあきらめきれず、
投下の約一か月前の7月2日の時点になってもなお、
京都駅や西陣織の紡績工場が軍事施設だと 虚偽の説明をしてまで押し切ろうとしたが、
やはりスティムソンに阻まれた。
もしスティムソンの強い反対がなければ、
原爆による最初の被害は 広島でなく京都だった可能性は大きかったのである。

これを受け グローブスは渋々京都を第一候補から外し、
広島を第一候補としたが、この時も広島を
「主要な港湾と軍事物資の供給基地など 軍の大規模施設が集まる陸軍都市」
と過大評価した報告を大統領に伝えていた。
広島に来たこともないトルーマンは、
適切な助言がなければ 広島がどういう街であったか、何も事実を知らなかっただろう。

最終的に7月25日付けで、グローブス起草の「原爆投下指令書」が発令された。
「最初の原爆を 広島、小倉、新潟、長崎のうち、ひとつに投下せよ」
「二発目以降は、準備ができ次第投下せよ」。
この「原爆投下指令書」をトルーマンが承認した事実が見つかっていないと、番組は問題提起をしているのである。>

https://blogs.yahoo.co.jp/ritsuo530/63806545.html
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