2022-08-27
英雄たちの選択~立花宗茂
面白かった~!
こんな人がいたなんて、知らなかった~!
「天下無双の名将・立花宗茂~関ヶ原敗戦・奇跡の復活劇~」
福岡県柳川市、旧柳川藩
藩主立花家の子孫。戦国大名に連なる家が今も城内と屋敷を守り続けているのは全国でも珍しい。
初代立花宗茂
秀吉からは当今無双の勇士と讃えられ、敵からも西国第一の猛将と恐れられた。
秀吉の天下統一戦にことごとく参陣
江戸時代には大阪の陣、島原の乱で活躍。その武勇を天下に轟かせた。
最大の試練となったのが関ヶ原の戦いだった。
決戦に参加できずに敗者となった。
しかしその後西軍で唯一旧領の回復を実現
家康からすると立花の居ぬ間の関ヶ原
立花宗茂は関ヶ原本戦に参加していないにもかかわらず、立花が実は陰の主人公。
関ヶ原の日程を決めた男。立花が強すぎたので家康が判断した。
関ヶ原の勝敗は立花の動向にかかっていた。
宗茂は戦国で奇跡の敗者復活を演じた。
実の父と養父と二人ともずば抜けてレベルが高かった。
実父は掌を指すように相手の心が読めたという。
養父は37回無敗
二人の父に引き上げられた能力の高さがあるのではないか。
九州はとりわけ戦いのレベルが高い地域。
島津の侵攻を受ける地域はハイレベルな軍事集団なので、なまじの強さでは生き残れない。
ここで小国で生き残るということは奇跡に近い。
九州は当時文明の窓口、日本で最も先進的な地域。鉄砲も、戦術も洗練されていく。
日本史上、はじめて大筒を使用した攻城戦。
情報公開、情報共有、家臣を大事にする。
柳川古文書館にはどのくらい藩でも見たことがない資料があった。
歴代の戦死者名簿があって、毎年供養し続けていた。
日本史上で稀有な集団だった。
こんな人がいたなんて、知らなかった~!
「天下無双の名将・立花宗茂~関ヶ原敗戦・奇跡の復活劇~」
福岡県柳川市、旧柳川藩
藩主立花家の子孫。戦国大名に連なる家が今も城内と屋敷を守り続けているのは全国でも珍しい。
初代立花宗茂
秀吉からは当今無双の勇士と讃えられ、敵からも西国第一の猛将と恐れられた。
秀吉の天下統一戦にことごとく参陣
江戸時代には大阪の陣、島原の乱で活躍。その武勇を天下に轟かせた。
最大の試練となったのが関ヶ原の戦いだった。
決戦に参加できずに敗者となった。
しかしその後西軍で唯一旧領の回復を実現
家康からすると立花の居ぬ間の関ヶ原
立花宗茂は関ヶ原本戦に参加していないにもかかわらず、立花が実は陰の主人公。
関ヶ原の日程を決めた男。立花が強すぎたので家康が判断した。
関ヶ原の勝敗は立花の動向にかかっていた。
宗茂は戦国で奇跡の敗者復活を演じた。
実の父と養父と二人ともずば抜けてレベルが高かった。
実父は掌を指すように相手の心が読めたという。
養父は37回無敗
二人の父に引き上げられた能力の高さがあるのではないか。
九州はとりわけ戦いのレベルが高い地域。
島津の侵攻を受ける地域はハイレベルな軍事集団なので、なまじの強さでは生き残れない。
ここで小国で生き残るということは奇跡に近い。
九州は当時文明の窓口、日本で最も先進的な地域。鉄砲も、戦術も洗練されていく。
日本史上、はじめて大筒を使用した攻城戦。
情報公開、情報共有、家臣を大事にする。
柳川古文書館にはどのくらい藩でも見たことがない資料があった。
歴代の戦死者名簿があって、毎年供養し続けていた。
日本史上で稀有な集団だった。
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