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法隆寺の竜首水瓶@東博

次は法隆寺宝物館
やっと来られた~!
やっぱり素晴らしい~!

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国宝 竜首水瓶 飛鳥時代・7世紀
竜首水瓶の本物が、ここで見られるなんて、やっぱり素晴らしい!
数年前に買ったペガサスのTシャツのオリジナルがこれだったのですよね。
そして今はペンダントも売ってる!
この竜首水瓶なかなか謎が多いシロモノらしいです。
(このような長い首と下にふくらむ胴に把手を取り付けた器形は、ササン朝ペルシャに源流をもち、一般に「胡瓶(こへい)」と呼ばれる。かつて銀製と考えられ、「銀龍首胡瓶」として国宝に指定されたが、鋳造した銅器に金、銀をメッキしたものとわかった。
また唐時代中国の作と考えられてきたが、龍の造形や毛彫の手法などから、7世紀の日本製とする見方が強くなっている。
そして来歴も実は不明だったという謎まである。
最初は名簿に入ってなかったのが、いつどうやって入り込んだかわからないけどいつの間にかありました〜って(笑))
(e国宝、wiki)

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重文 ・ 盤竜鏡 中国・唐時代・8世紀
いやあとても8世紀とは思えない状態の良さに感動!
きわめて良質な白銅製とのこと。
数年前に買ったトートバックとTシャツの文様のオリジナル~!
やっと出会えた~!

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重文・海獣葡萄鏡 (唐時代・7世紀)
これも状態が非常に良いです。文様も素晴らしい!
「獣型の鈕(つまみ)のまわりに、葡萄唐草文を背景として2頭1組の獅子文が4組めぐっている。
二重の突圏の外側には、唐草文帯、葡萄唐草文を地とする反時計回りの禽獣文帯、そして外縁の唐草文帯」(e国宝)

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国宝 海磯鏡 奈良時代・8世紀
珍しい文様。2点ある。両方とも区別がつかないくらいよく似ている
四方に配した山岳には樹林、岩に坐る人物、獅子と鹿、鳥を、波間には舟上の釣り人などを表した中国風

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灌頂幡(模造) 平成11年(1999)
国宝 灌頂幡 (かんじょうばん) 飛鳥時代・7世紀
いやあこれも本当に素晴らしい!
繊細な透かし彫りがすごいです~!
楽器を奏で、踊る天女、唐草文様、雲…、ともかく膨大な天女で溢れている…
見ているだけで恍惚となりそう…

階下の仏像も観たいけど、これがまた膨大な数なので、とてもさらっとは無理。
(前回さらっとは見たけど、あまりの数に混乱して退散しました)
ちゃんと時間を取って今度ゆっくり行きます!
****

重文 伯牙弾琴鏡 中国・唐時代・8世紀 N-76
蓬莱鏡 江戸時代・宝暦8年(1758) N-77

*****

竜首水瓶
器体の材質
1989年に三浦および平尾が蛍光X線を用いた科学的調査を行ったことで、竜首水瓶はすべての部位が銅製であること、その表面全体に金鍍金を施した上で銀鍍金を施し、金色部は銀の上にさらに金鍍金を施していること、水瓶の本体は上中下の三部位に分かれていることなどが判明した。
2020年および2021年に再度行われたX線検査でも同様の結果が出ており、2022年現在は銅製が定説となっている。
一方で議論の残る箇所もあり、摩耗の激しい頸部および取っ手の材質については科学調査で金とされているが目視では銀との見方が強くある。
また、台脚に施された鋲についても、目視では金に見える一方で科学調査では金とは言えず、これらについては議論の余地が残っている。
来歴
747年の『法隆寺資財帳』に竜首水瓶は記載されておらず、加島は竜首水瓶が747年当時には法隆寺になかったと考えるのが自然であると述べている
それ以降の動向については諸説あるものの決着はついておらず、次に所在が明らかになるのは江戸時代にまで飛ぶ[18]。竜首水瓶の存在に触れた最古かつ確定的な資料は1795年の田中訥言『法隆寺宝物図』である
製作地の変遷および製作年代
1989年に中野の論考がきっかけで唐時代の作であるとする定説が変わり始める[1]。中野は竜首水瓶および同時期の日本製の金工品の竜の造形が、同時代の唐の工芸品と比べて平面的で簡略化されたものであることを指摘している」wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E9%A6%96%E6%B0%B4%E7%93%B6
東京国立博物館『竜首水瓶 (法隆寺献納宝物特別調査概報 ; 42)』東京国立博物館、2022年
三浦定俊、平尾良光「法隆寺献納宝物 竜首水瓶の科学的調査」『Museum』第457巻、東京国立博物館、1989年
中野政樹「法隆寺献納宝物 竜首水瓶について」『Museum』第457巻、東京国立博物館、1989年
加島勝「法隆寺の工芸 ――法隆寺献納宝物の金工品を中心に――」『日本美術全集』第2巻、小学館、2012年

灌頂幡
「寺院の堂の内外を飾る荘厳具(しょうごんぐ)の一つ
この灌頂幡は「法隆寺献納宝物」を代表する名品で、見事な透彫で如来や天人、雲、唐草文などを表した金銅板(銅板に金メッキ)を組み合わせて構成されている。
当初は下端に染織幡と同じく布製の幡足が垂れていたと推定され、その全長は10メートルにおよぶ。
天蓋、大幡ともに、雲の中で楽器を奏で、華や香などを献じる天人が配されるほか、大幡には周縁に忍冬唐草文の帯が透彫でめぐらされている。
また大幡最上部の1枚には、如来とその両脇に従う菩薩の如来三尊像が透彫されている。
 灌頂とは頭に水を注ぎ、仏の弟子としてある位に昇ったことを証する儀式。灌頂幡には、灌頂を受けることと同様な功徳があると考えられたのではないか、とされている。」
「幡とは、仏教の儀式で用いる旗のこと。
特に灌頂幡は上部に天蓋という傘を備え、大幡や小幡などを組み合わせて構成された豪華なもの。
古代において灌頂幡は天皇が亡くなられて一年目の法要や、寺院の完成を記念する儀式などで用いられた。
この作品の場合、作られた目的は不明ですが、聖徳太子の娘と考えられる「片岡御祖命」(かたおかのみおやのみこと)によって納められたことが『法隆寺資財帳』という8世紀の記録に書かれています。
幡の本体は銅の板を彫透かしたうえ、金メッキが施されており、仏や天人、唐草などの文様が全体に表わされている。
特に大幡。音楽を奏で、華や香を捧げる天人が、あたかも地上に降りてくるよう」
https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&webView=&content_base_id=100208&content_part_id=0&content_pict_id=0
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/405437
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