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2011-08-17

ひすいろう・ちゃいはね22-3

今回、つい気になって、チュニジアの歴史のざっと読んでみました。
まず昭文社のガイドブックの巻末。
これとマグリブとして見開き2ページに
実に完結にまとめられていて、まず入門としてはベスト。
エアリアガイド 155 モロッコ・アルジェリア・チュニジア 1992 昭文社

tunisiaguia03shoar.jpg

それから歩き方の歴史欄。
これももう少し詳しく5ページ。
全体を把握するのにはいいですね。
地球の歩き方110 チュニジア 1999-2000

それと楽天舎の歴史項。27ページ。
これは現地の考古学者・歴史学者の翻訳もあって、詳しい。
チュニジア 楽天舎書房 1998

そして
新版世界各国史8 西アジア史1アラブ 佐藤次高編 山川出版社 2002年
「西アラブ世界の展開」(私市正年)
「オスマン帝国治下のアラブ地域-北アフリカ」(私市正年)
「近代のアラブ社会-北アフリカ」(加藤博)

tunisiahistoria.jpg

世界現代史17 アフリカ現代史5北アフリカ 宮治一雄 山川出版社 S53年
「マグレブ諸国の形成」「近代化と植民地化」
がわかりやすかったです。

 地中海の一部で、中心に位置して、
イタリアの南で、マグリブ諸国の一部で、
アルジェリアとリビアに挟まれて。

 面白いのは、ファーティマ朝が起きたのがアルジェリアで、
最初の都がチュニジアのマハディア。
バルバリア海賊も最初の拠点もアルジェで
そこからチュニジアへ手を延ばして、
オスマン・トルコもそう。
そしてフランスの植民地支配も。

 そしてこのフランスの植民地時代、
オスマン・トルコから独立した地方政権が表向き、
続いているのですが(もちろん傀儡政権)、
これはアルジェリアの軍事占領・直接統治で
色々と失敗したからだそうで…、へぇぇ。

 独立運動もアルジェリアのような武装闘争ではなく、
同窓会などが母体となって、
穏健な立憲運動に基づいたものだったとか、
その前の独立地方政権時代にも
一連の近代革命を行っていたとか。

 なるほど。
ちょっとだけ、この国の事情がわかったような気がします。

さて、今のチュニジアについて。
酒井啓子さん曰く「同じような最新の情報通信手段を使いながら、
イランでは成功せず、チュニジアで成功したのは何故か?
 反政府運動の主導にイスラーム主義系政党が前面に出てない」
(中東徒然日記 Newsweekjapan culum 2011/01/20)

山内昌之氏曰く
「石油や天然資源もないのにアラブでもっとも豊かな国で、
かつての東欧や旧ソ連圏のように『現代の市民革命』が起きたと。
 他のアラブ諸国と比べて失業率が特別高かったわけでもなく、
市民の購買力は高く、経済成長率は産油国のアルジェリアより高い。
 アラブで一番教育水準が高い。
 国家の歳入はつつましやか、個人の収入も低いが、携帯電話の普及率は高い。
 チュニジア一年分の歳入は
リビアとアルジェリアの一か月分にすぎない現実を
失業者は知っている。
不可能な要求を突きつけたわけではない。
 ベンアリ一族の豪遊・放蕩生活、
特権階級の利益と安全だけを保証する政府に反感をもった。
そしてベンアリは市民に発砲を禁じた」 …そして亡命。
(NHK 視点・論点<チュニジアのジャスミン革命>2011/01/26)

鷹木恵子女史曰く
「チュニジアは平穏で治安の良い国だったが、
それは強権の裏返しでもあった。
しかし隣のアルジェリアが九〇年代、
壮絶なテロと内戦がくりかえされていた故に、
強権を望んでいたフシもあると。
平穏で治安が良かったが故に、事件の衝撃は強く、
敏感に反応したのではないかと。
 ベンアリは無策だったわけではなく、失業対策、貧困対策、小額融資も講じてきた。
情報技術教育も熱心に取り組んできた。
しかし人口の半分が二十五才未満、すべてが裏目に出た?」

(地中海学会月報338 2011/3
鷹木恵子-桜美林大学・人文学系教授。文化人類学・マグリブ地域研究専攻
チュニジアを知るための60章 (エリア・スタディーズ81)
(編集) 明石書店 (2010/8/18)
北アフリカのイスラーム聖者信仰―チュニジア・セダダ村の歴史民族誌
刀水書房 (2000/03)
マイクロクレジットの文化人類学―中東・北アフリカにおける金融の民主化にむけて
世界思想社 (2008/01))

何か、色々な噂も飛びかっていますよね。
今回の革命も、実は東欧の革命のノウハウが伝わって、
やってみたらできちゃったとか、いう記事か何かをどっかで見たような気が…。

 エジプトでも成功したのは、ムスリム同胞団が影でしっかりサポートしたからとか。
 リビアは泥沼だし、アルジェリアは相変わらず、情報統制?で伝わってこないし、
イエメン、バハレーン、そして遂にシリアにも。ここでも泥沼。
 ツイッター、ネット恐るべしとはいえ、去年のイランは倒れなかったし。
やはりネットのせいだけというわけでもないのかな。
 ベンアリとムバラクが軟弱だったとか、言われていますが、…どうなんでしょうねぇ。

 革命の行方、うまく立ち直ってくれることを切に祈るばかりです。

あんなに平和だったのに、夕暮れはもう違う色?
 せめてこの月明かりの下で 静かな眠りを
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